第14話 新居1
「ふう」
俺は飛行絨毯の上から、自分の荷物を一つずつ下ろしていった。
生徒会の男子学生が最後の荷物を渡してくる。
「これで君の荷物は全部だ。確認が終わったら、ここにサインしてくれ」
隣にいた女子学生も、確認用の書類を差し出してきた。
生徒会は、新入生の新しい寮への引っ越しを手伝うため、数十組の飛行絨毯チームを出していた。
一組につき、力仕事に向いた職業の学生が一人。
そして魔法使いが一人。
魔法使いが前で杖を使って飛行絨毯を操作し、目的地に着いたら、もう一人が荷物を各自の住居まで運び込む。
生徒会が二週間で新入生全員を新しい寮に落ち着かせられるという話は、決して大げさではなかったらしい。
生徒会の運営がここまで効率的なのは、オリティアや晦朔をはじめとする部長たちの働きが大きいのだろう。
俺は、飛行絨毯の上にまだ山のように積まれている荷物を見て、思わず感心した。
「まだこんなに届け先があるのか。大変だな。」
「そうなんだよ。この便が終わっても、今日はあと二回くらい運ぶことになりそうだ」
男子学生は苦笑した。
「だから、君が時間通りにいてくれて本当に助かった」
「いや、こちらこそ」
俺はサインを済ませた書類を彼らに返し、二人が去っていくのを見送った。
それから玄関前の魔法陣に魔力を流し込み、扉を開けて小さな別荘の中へ入った。
晦朔は、俺が新人を四人も集めてパーティーに入れたと聞いて、たいそう喜んだ。
その結果、俺たちには一番いい寮を用意してやると言い出した。
つまり、テラスハウス式の小さな別荘。
もちろん、俺は遠慮なく受け取った。
学生用の住居ということもあって、リビングは少し手狭だった。
だが部屋の数は六つもある。
収納スペースも地下室と屋根裏の二か所に用意されていた。
部屋の内装や間取りが気に入らなければ、一定期間内に生徒会へ申し出ることもできるらしい。
その場合は、土属性の魔法使いと木属性の魔法使いが来て、改装してくれるという。
俺は部屋の配置をざっと確認した。
そして、自分は一階に住むことに決めた。
残りの四人には、二階にある四つの部屋から好きな場所を選ばせればいい。
がたん。
がたん。
俺がゆっくり荷物を整理していると、玄関の方から奇妙な音が聞こえてきた。
誰かが扉を叩いている。
いや、蹴っているようにも聞こえる。
がん! がん!
音はだんだん大きくなっていった。
どうやら、向こう側の人物は、反応がないことに苛立ち始めているらしい。
俺は慌てて玄関へ向かい、扉を開けた。
その瞬間。
緑色の人影が、こちらへ向かって突っ込んできた。
「わっ!」
ミュイレンは扉が急に開くとは思っていなかったらしく、そのまま勢いよく床に倒れ込んだ。
俺は、彼女が突っ込んでくるのを見た瞬間、素早く横へ避けていた。
一応、暗殺者職である。
これくらい避けられなかったら、さすがに格好がつかない。
ミュイレンは慌てて起き上がり、服についた埃をぱっぱと払った。
そして、何事もなかったかのように言う。
「なんだ、いたんだ。誰もいないのかと思ったよ」
「お前、このタイプの魔力錠を見たことないのか?」
「は? あ、あるに決まってるでしょ!」
俺があっさり指摘すると、ミュイレンの顔がぱっと赤くなった。
それでも口では負けを認めない。
俺は彼女と言い合うのも面倒だったので、玄関横の魔法陣に手を置いて実演してみせた。
「この錠は、登録された魔力紋を認識する仕組みだ」
「ほら、こうやって魔力を流せば、自然に開く」
ミュイレンは明らかに初めて見たという顔をしていた。
珍しいものを見つけた子供のように、今にも試したそうにしている。
だが、俺が横で見ていることに気づくと、彼女は咳払いを二つして、気まずさをごまかした。
「こ、こんなの、子供でも知ってるってば」
「さっきのは、えっと……あれだよ、あれ」
「そう、この錠がちょっと古くて、引っかかってたの」
「分かった?」
分かった。
ミュイレンは、どうやら素直に「知らない」と言えないタイプらしい。
俺は彼女の荷物をリビングまで運び込んだ。
「二階に四部屋ある。俺は下に住むつもりだ」
「お前は早く来たんだから、その四部屋の中から好きな部屋を選べ」
部屋には、家具もベッドもすでに用意されていた。
ミュイレンはあっちを覗き、こっちを回り、表情こそ必死に抑えていたが、
それでも、物珍しさと嬉しさだけは隠しきれていなかった。。
俺がいると彼女も気まずいだろう。
そう思った俺は、「俺は荷物を片づける」とだけ言って、一階へ戻った。
しばらくすると、二階の端から端へと走り回る足音が聞こえてきた。
やっぱり嬉しいらしい。
やがて、その足音が階段から近づいてくる。
俺は顔を上げて尋ねた。
「どうだ? 決まったか?」
だが、予想に反して、ミュイレンはそれほど浮かれていなかった。
むしろ少しうつむき、落ち込んだ様子で降りてくる。
「やっぱり、先にほかの子たちに選ばせようかな」
俺は彼女の言いたいことを理解した。
「ヘルガのことを気にしているのか?」
ミュイレンは少し間を置いてから、こくりと頷いた。
「ヘルガがどの部屋を選ぶか見てから、その一番遠い部屋にしようかなって」
なぜか、ヘルガはいつもミュイレンから妙な臭いを感じ取るらしい。
人によっては、生まれつき特定の食べ物を受け付けない体質がある。
それと同じで、この二人は生まれつき相性が悪いのかもしれない。
ヘルガと友達になりたいミュイレンにとって、それは間違いなく落ち込む話だった。
「おはようございます! もうみんないるんですか?」
噂をすれば何とやら。
ヘルガが玄関の外から顔を覗かせ、俺たちに挨拶してきた。
だが、彼女の注意はすぐに俺たちから外れた。
「わあ!」
ヘルガはリビングへ駆け込み、感嘆の声を上げた。
そしてすぐに、一階にあるすべての部屋の扉を開けて、中を覗き込む。
「すごい!」
「待て、そこは俺の部屋――」
俺が言い終わる前に、ヘルガは目をきらきらさせながら二階へ駆け上がっていった。
感情を隠そうとするミュイレンとは違い、彼女は一切隠す気がない。
一階にいても、二階で走り回る音がはっきり聞こえた。
重い扉の開閉音。
ベッドの軋む音。
そして、彼女の歓声。
ヘルガ本人の体重は、そこまで重くないはずだ。
となると、おそらく高く跳び上がってから、全力でベッドへ落下している。
しばらくして、すべての部屋を荒らし終えたヘルガが、たたたたっと階段を駆け下りてきた。
目には涙まで浮かんでいる。
「天国です!」
「ここ、私が今まで住んだ中で一番いい家です!」
俺とミュイレンは、喜びのあまり涙目になっているヘルガを見て、思わず微笑ましい気持ちになった。
ヘルガは目元を拭うと、ミュイレンの方を向いた。
「ミュイレンさんは、どの部屋にしたんですか?」
「えっ」
突然聞かれたミュイレンは、少し固まった。
「私はまだ決めてないよ」
「じゃあ早く決めてください」
ヘルガは焦ったように催促する。
「私は、ミュイレンさんから一番遠い部屋にします」
ミュイレンは、ヘルガのあまりにも率直な一言に打ちのめされ、その場で固まった。
気のせいか、彼女の色まで少し薄くなったように見える。
「ところで、ミュイレンからする臭いって、どんな臭いなんだ?」
俺は聞いてみた。
その臭いの原因が分かれば、解決方法もあるかもしれない。
だが俺の質問は、どうやらミュイレンに追い打ちをかけたらしい。
彼女の肩が、明らかにびくりと震えた。
ヘルガは真剣な顔で答えた。
「ミュイレンさんの臭いは、ミュイレンさんだけの臭いです」
「ベトベトンみたいに臭いです」
俺が悪かった。
天然ボケに理屈を求めた俺が悪かった。
「そういうふうに、彼女から離れたいって言うと、傷つくぞ」
俺は一応、ミュイレンを励ますつもりで言った。
もっとも、ヘルガに伝わるとはあまり思っていなかったが。
「でも、ミュイレンさんがかわいそうです」
ヘルガは、俺の言葉をあまり受け入れていないようだった。
「みんな、ミュイレンさんはいい匂いのする女の子だって言ってました」
「ミュイレンさんも、きっといい匂いのする女の子でいたいはずです」
「でも、私と一緒に住んだら、ミュイレンさんは自分が臭いんじゃないかって心配します」
「だから、ヘルガが遠くにいればいいんです」
「そうすれば、ミュイレンさんはずっと、いい匂いの女の子でいられます」
何と言うべきか。
ヘルガは毎回、考えていること自体は善意なのだ。
ただ、たぶん本当に頭があまりよくないせいで、ときどき周りの人間を傷つける。
ヘルガの言葉を聞いたミュイレンは、少しだけ持ち直したようだった。
一方で、俺には一つ、気になることがあった。
「今の“みんな”って誰だ?」
「希珀さんとアパシャさんです」
ヘルガはあっさり答えた。
「みんなで外にご飯を食べに行った時に、私が聞きました」
つまり、俺以外全員で。
俺を置いて、飯を食べに行ったのか。
くそ。
これが女子グループというやつか。




