第13話 無口な少女
募集日の最終日。
日が高く昇り、もう昼前になろうという頃になって、俺はようやく自分のブースへだらだらと歩いていった。
晦朔は、俺たちのパーティーがすでに四人になり、多少なりとも役割が揃っていることを知ってから、毎朝早くブースを出せとは言わなくなった。
おかげで、俺も少しは堂々と怠けられる。
ブースに着くと、にゃんにゃん先輩は案の定、俺より先に出勤していた。
「先輩、おはようございます」
俺が気の抜けた声で挨拶すると、にゃんにゃん先輩は前足をぺろりと舐めた。
どうやら返事らしい。
今日はブースを出す最後の日だ。
ほとんどの学生とパーティーは、すでに互いの相手を見つけている。
晦朔との賭けがなければ、俺もとっくにブースを畳んで帰っていただろう。
俺は椅子に座ると、また例の本を開いた。
俺は、いつも目隠し代わりにしている本を開いた。
ちなみに、この本の題名は《殺して道を成す》。
今、星月学で一番流行っている人気作らしい。
物語は、ある宗門の見習いが、門主の子供に追い詰められて宗門を追放され、殺しの技を磨き、やがて宗門へ戻って復讐を果たすところから始まる。
決して退屈な小説ではない。
だが、ここ二日で起きた想定外の出来事に、俺の精神力はだいぶ削られていたらしい。
俺は無理をするのをやめた。
本を置き、机に突っ伏す、そのまま深く眠り込んだ。
ぼんやりと、隣からにゃんにゃん先輩の喉を鳴らす音が聞こえていた。
目が覚めた時には、太陽がもう沈みかけていた。
時間を見る。
六時半。
普段の俺なら、五時前には「夕飯」という名目で堂々とサボっている。
最終日の俺、勤勉すぎないか。
俺は大きく伸びをして、そろそろ帰ろうとした。
その時、背後からかすかな物音が聞こえた。
振り返ると、黒い長髪の少女が花壇のそばにしゃがみ込み、何かの菓子を手にして、にゃんにゃん先輩に与えていた。
俺は少し驚いた。
こんな近くにいたのに、まったく気づかなかった。
前回は机の下に人が隠れていた。
今回は、真後ろにいた。
学校に来てから、俺は本当にだいぶ気が緩んでいるらしい。
「どうりで先輩が毎日ここへ涼みに来るわけだ」
「君のおかげだったのか」
俺は笑って沈黙を破った。
少女は俺が起きたことに気づき、こちらを一度見た。
だが、返事はしない。
代わりに、手にしていた数枚の紙を差し出してきた。
俺は一瞬、反応に遅れた。
すると少女が口を開いた。
「宇の小隊のリーダー?」
「入りたい」
本当に最後の最後まで引っ張る人間がいるらしい?
目の前の少女はあまりにも淡々としていて、俺は一瞬、彼女が募集期間はまだ丸一週間残っていると勘違いしているのではないかと疑った。
名前は希珀。
職業欄には、戦士/アサシンと書かれている。
総合評価、B+。
魔力、B。
元素親和力、B。
身体強度、A。
戦技、A。
俺はわずかに眉をひそめた。
全体として、ごく普通の成績だ。
少なくとも、俺のチラシに書いた条件には届いていない。
それに、戦士という職業も少し無理がある。
どう見ても、加入の可能性を上げるために、無理やり付け足した職業に見えた。
俺が考え込んでいる間に、希珀は菓子を与え終えたらしい。
手についた欠片と服の埃を軽く払い、立ち上がる。
彼女は制服を着ていなかった。
動きやすそうな汗衫と短パン。
腰には木刀が差してある。
彼女はそのまま、じっと俺を見ていた。
焦りもない。
緊張もない。
催促もしない。
ただ静かに、俺の反応を待っている。
まるでヘルガの正反対だ。
余計な表情が一切ない。
「君、うちの条件には届いていないみたいだが」
俺はもう一度報告書に目を通した。
見落としている数値はない。
希珀は俺に近づき、勝手に報告書を二枚ほどめくった。
アサシンとしての職業測定報告だった。
そして、その中の一項目を指差す。
「ここ」
そこには、こう書かれていた。
隠密:S。
これもありなのか?
俺は少し困った。
ヘルガが加入した時点で、俺にとってはすでに最悪の状況を受け入れたようなものだ。
だから今さら、理由もなく人を拒むことに強くこだわっているわけではない。
問題は、もし本当に俺たちのパーティーの書面上の戦力に釣られて、強い連中に乗っかるつもりで来たのだとしたら。
ここで拒むことこそ、双方のためになるかもしれないという点だった。
俺は顔を上げ、彼女を見る。
希珀はやはり、淡々とした表情のままだった。
だが目が合った瞬間、俺は彼女の瞳に引き込まれた。
黒い目だった。
表情よりも、ずっとよく動く目。
その奥に、ほんの少しだけ期待の色が見えた気がした。
「悪いが」
「この小項目だけを認めるのは難しい」
アサシンという職業全体でS評価を取っているなら、まだ分かる。
だが一項目だけでは、さすがに通しづらい。
なぜか、首筋を冷たいものがすっと撫でた気がした。
だが次の瞬間には、もう消えていた。
「そう」
予想していたのかどうかは分からない。
希珀の表情は変わらなかった。
それでも、彼女の目の奥に、確かな失望が見えた。
彼女はすぐには去らなかった。
しばらく沈黙してから、もう一度だけ口を開く。
「どうしても、無理?」
彼女は俺の目を見ていた。
その時、俺はようやく分かった。
なぜ彼女の目に引かれたのか。
彼女の目は、かつて俺が知っていたある人物によく似ていた。
その人も、自分の心を閉じる時、顔の表情で人を騙していた。
本当の気持ちは、目を見なければ分からなかった。
まさか、他人の面影だけで判断が鈍る日が来るとは思わなかった。
どうせ最後の一人だ。
もう一度くらい、機会を与えてもいい。
「今日の夜で締め切りなのは知っているよな?」
「どうして、ここまで遅くなった?」
最後まで粘れば、俺が可哀想に思って通すと考えているなら、大間違いだ。
「何日も来た」
彼女は短く答えた。
「でも、いつもいなかった」
よく考えれば、この数日にゃんにゃん先輩がずっとこの辺りにいたのは、希珀が毎日ここで餌をやっていたからかもしれない。
「毎回、この時間に来ていたのか?」
彼女は頷いた。
それは、たしかに俺にも責任がある。
予定表の上では、この時間もまだブースを出している時間だ。
ただ俺が毎回、夕飯を口実に勝手にサボっていただけで。
「じゃあ、なぜ昼に来なかった?」
この時間に何日も俺がいなかったのなら、普通は昼間に来てみるものだろう。
「昼は鍛える」
希珀は腰の木刀を見せた。
「それで、もし今日も俺に会えなかったら?」
今日は最終日だ。
どうしてそこまで落ち着いていられるのか分からない。
「あなたの部屋まで行く」
希珀の表情は変わらない。
声にも起伏がない。
待て。
今、こいつは無表情で何か怖いことを言わなかったか?
それにしても、毎日ここまで努力して修行しているのに、測定成績は一般的な水準にとどまっている。
俺は少しだけ、彼女が気の毒になった。
おそらく彼女は、努力しても天賦に恵まれなかった側の人間だ。
この世界には、どう努力しても、生まれながらに高みに立つ同世代へ追いつけない人間がいる。
もう一つ、聞くべきことがあった。
「なぜ、そこまでしてうちのパーティーに入りたい?」
「率直に言えば、君は自分の実力に合ったパーティーを選ぶべきだ」
「その方が、もっと成長できる」
実力の高い場所が、必ずしも自分に合っているとは限らない。
自分に合った区間で、一歩ずつ登っていく。
それが一番いい成長の道だ。
その質問は、多少なりとも彼女の痛いところに触れたらしい。
希珀は初めて顔を伏せ、俺の視線を避けた。
だが、沈み込んだのはほんの少しの間だった。
すぐに彼女は顔を上げ、まっすぐ俺を見る。
その目に迷いはない。
あるのは、意志。
そして決意だった。
俺は最初、彼女がただ強くなる方法をよく分かっていないだけだと思っていた。
だが今は、その背後にもっと深い理由がある気がした。
俺たちはそのまま見つめ合った。
俺も彼女と同じように、急かさなかった。
ただ、答えを待った。
やがて、希珀が口を開く。
「強くなりたい」
一拍置いた。
その一言だけなら、少し期待外れだった。
だが彼女は続けた。
「目的がある」
「それを果たせるくらい、強くなりたい」
「でも、一人じゃ足りない」
「難しいことだから」
「だから、助けがいる」
「仲間がいる」
「つまり、強い仲間がいれば目的を果たせる、ということか?」
俺が言うと、希珀は首を横に振った。
「強い仲間じゃないと、生き残れない」
俺はまた言葉を失った。
だが彼女の目が教えていた。
これは冗談ではない。
比喩でもない。
彼女は本気だった。
「君は、いったい何をするつもりなんだ?」
思わず聞いてしまった。
希珀は、俺を怖がらせたくないのだろう。
だがここで嘘をつけば、今までの努力がすべて無駄になることも分かっている。
「一人、殺す」
彼女は、その年頃の少女が口にするには重すぎる言葉を言った。
声は、やはり静かだった。
「元彼か?」
俺は空気を和らげようと冗談を言った。
言った瞬間に後悔した。
笑わない相手に冗談を言っても、ただ空気が気まずくなるだけだ。
希珀はただ、淡く首を横に振った。
今、俺の前には難しい選択が置かれていた。
事情は聞いた。
流れだけ見れば、ここで彼女を受け入れるべきなのだろう。
だが冷静に考えれば、それは自分から面倒ごとへ足を突っ込むだけではないのか?
俺は認める。
目の前の少女を、少し可哀想だと思った。
それも認める。
彼女の中に、別の誰かの影を重ねている。
だが仮に俺が彼女を受け入れたとして。
この寄せ集めのパーティーが、本当に彼女の期待に応えられるのか?
期待が大きいほど、失望も大きくなるのではないか?
俺に本当に、彼女の過去と未来を一緒に背負う覚悟があるのか?
頭の中で、いくつもの考えが渦巻いた。
あと数日あれば、もう少し冷静に考えられたかもしれない。
あるいは、ほかの連中の力量を試す時間があれば、答えも出しやすかったかもしれない。
だがよりによって、募集期間の締め切りはあと数時間後だ。
すべての可能性が、もう間に合わない。
だんだん焦りが募っていく。
まるで答えを待っているのは彼女ではなく、俺の方みたいだった。
俺はもう一度、彼女の目を見た。
今度見えたのは、静かな覚悟だけだった。
その瞬間、俺の気持ちも不思議と落ち着いた。
彼女はもう、最悪の結果を受け入れている。
なら、俺は何をぐだぐだ悩んでいる?
ふと、ミュイレンのことを思い出した。
あいつは俺のことを、ぐちぐちしていると言った。
まったく、その通りだ。
あいつがヘルガの保証をした時、いったい何を考えていたのか。
答えはきっと——
何も考えていない。
あの瞬間、ミュイレンはただ自分の気分に従って、後先考えずに言葉を口にした。
その結果生まれる苦いものは、全部未来の自分に押しつけた。
では俺は?
選ぶたびに、あれこれ考える。
前を見て、後ろを見て。
結局、足が止まる。
つまり、秘訣は四文字だ。
知るか。
彼女に同情したからでもいい。
心の中の後悔を埋めたいからでもいい。
今だけは、理屈に縛られるのをやめる。
人を一人殺すだけだろ。
この世に、そこまで殺しづらい人間がいるものか。
「俺たちが君の期待に応えられるかは分からない」
俺は彼女に手を伸ばした。
「だが、うちのパーティーの扉は開いている」
希珀は俺の手を取らなかった。
代わりに、深く頭を下げた。
「ありがとう」
顔に表情がないぶん、分かりやすい動きで感謝を示したのかもしれない。
「欲しかった結果が手に入ったんだ」
俺は気まずさを隠すように、頭をかいた。
「もう少し嬉しそうにしてもいいんじゃないか?」
「師匠が言った」
希珀は、自分が表情を作らない理由を隠さなかった。
「表情は、心に引っ張られる」
「逆もある」
「表情を抑えれば、心も少し抑えられる」
「もう一度あの人に会うまで、冷静でいる」
あの人とは誰か。
師匠とは誰か。
だが、今はそんなことよりも。
彼女には、ちゃんと感情の揺れがある。
ただ、それを必死に抑え込んでいる。
その事実のほうが、俺にはずっと重要だった。
「ほかの連中がどう思うかは知らない」
俺は真面目に言った。
「俺は約束する」
「必ず、君がそいつを殺すのを手伝う」
そこで少し間を置く。
「こう見えて、殺しは俺の得意分野だ」
「ぷっ」
俺の言葉を聞いて、希珀はついに堪えきれず、小さく笑った。
夕陽が彼女の背後から差していた。
黒い長髪の輪郭が、淡い金色に染まっている。
俺はしばらく、ぼんやりと見とれていた。
その時になって、ようやく分かった。
俺がさっき、あんなに馬鹿みたいなことを言った理由が。
「先に死なないでね」
希珀は笑みを止めた。
それでも、口元にはまだ少しだけ笑みが残っていた。
俺は先に死なない。
少なくとも、彼女の目的が終わるまでは。
心の中で、静かにそう誓った。




