第四十三話 後日談
丘野下きらり中心の後日談です。
丘野下きらりは、タブレット端末をのぞきこみながら、何度か画面を指で叩いた。
黒い画面に映っていた自分の顔は消え、妹のさやかの顔が表示された。金色に染められた髪を束ねている様子が見えた。
ビデオ電話。映像付きのリアルタイム通話だった。
『ハローきらりチャン。最近ドウ?』
英語にかぶれたイントネーションで挨拶をしてきた妹に、きらりは呆れながらも、
「ごきげんよう、さやかちゃん。いと心地よきなりだよ」
日本風に返した。
さやかは、遠く海を隔てた異国から、ビデオ電話をかけてきていた。
『きらりちゃん、おさんぽ部はどう? 新入部員は来た?』
「そうだねぇ、あゆむ先輩の気持ちがわかったよ。体験入会は何人かいたけど、だんだん減っちゃって、ついに今週は、誰も来なくなっちゃった」
『宣伝が足りないんじゃないの? 楽しそうにパーティしてる写真をドアに貼っておくとか、どうかな?』
「そんなんで増えるかなぁ」
『次の部長がつかまらなかったら同好会がなくなっちゃうでしょ。がんばらなきゃ』
そこで、丘野下きらりは、閃いたとばかりに人差し指を立てた。
「さやかちゃん、アメリカ支部をつくってよ。広げていこ、おさんぽの裾野を」
『こっち、部活の文化があんまないから難しいよ~。町を歩くにも、安全じゃない場所とかも日本に比べるとちょっぴり多いし』
「大丈夫、まちを歩くだけが、お散歩じゃないよ! たとえ家の中だろうと、ゲームとかの仮想現実とかでも、一緒に歩き回れば、それはもう、おさんぽだよ。それとも、もしかして、まだ友達できてないとか?」
『そ、そんなわけないじゃん。超いっぱいいるし』
「どんな子と仲良くなったの?」
『あたしのことは、とりあえずいいでしょ』
まだ馴染めてないんだなと、きらりは心配になった。
けれども、あまり突っ込んで話を聴いてあげなければならないくらい悩んでいるようには見えなかったので、とりあえず黙ることにした。
さやかは自分の金髪を触りながら、話題を変える。
『それよりもさ、どうなったの?』
「どうって?」
『先輩たち。いまどうしてる?』
「あゆむ先輩は、無事にめぐるちゃんと一緒の高校に合格できたよ」
『本当? よかったぁ』
「がんばって受験勉強してたもんね、めぐるちゃんと一緒のとこに行くために、あゆむ先輩、睡眠時間も削って、本当に必死だった」
『うん』
「あたしが病気だったときよりもゲッソリしてたくらいだよ」
それをきいて、さやかは苦笑いを返した。
やがてさやかは、目を伏せて言う。
『めぐる先輩とは、まだ付き合ってるんだよね』
「さやかちゃん。残念だけど、別れる気配とかないよ? あきらめよ?」
『べつに、もうあきらめてるもん。アメリカで超かっこいい彼氏を見つけて、やきもち妬かせてやるんだから』
「そんな考え方の時点で、全く諦められてないのよ」
『きらりちゃんは、本当にもういいの? あんなに好きだったのに』
「めぐるちゃんが、あゆむ先輩のこと好きすぎるからなぁ。完全にあたしの負けっていうか、世界中で誰も勝てないよ」
『わかってるよ。本当は、あたしもね、もうあきらめはついてるんだ。あたしの中で終わってなかったら、アメリカには来てないもん』
「たしかに。それはそうね」
それから、いろいろな話をして、通話は終了した。
★
春の日のことだった。
川沿いにある公園の桜並木を歩いていた。
すこし伸びた茶色い髪を耳にかけながら、青空と満開の桜の下をおさんぽしていると、一匹の小型犬が足元にまとわりついてきた。
とても小さくてかわいらしい。耳が蝶々のようにピンと優雅に伸びていて、白い毛並みが美しかった。
リードの先をたどっていくと、先端は地面の上にあり、土に汚れている。
お散歩中に飼い主の手を離れてしまった迷子の犬だ。
丘野下きらりは、しゃがみこんで小さな犬を撫でた。
砂汚れもいとわずハアハア息を吐きながら寝っ転がって、おなかを見せてきたので、さらに撫でまわし、微笑む。
「かわいい。でも、飼い主さんはどこに?」
周囲を見回してみると、慌てた様子で走ってくる男子が見えた。自分と同じくらいの年頃か、もうすこし幼いか。
短い髪の男子は接近すると、膝に手を当てて、息を整えてから言う。
「あの、うちの犬を捕まえてくれてありがとうございます」
「何もしてないですけど。勝手にここに寝っ転がっただけで」
「あの、ぼく、あなたのこと知ってて……同じ中学ですよね」
「え? 急になんですか?」
「丘野下きらり先輩ですよね」
「ええ、はい」
「この御恩は忘れません」
「そんな大げさな」
「本当にありがとうございました」
男子は頭を下げると、勢いよく振り返り、すぐに犬を引っ張って走っていってしまった。
丘野下きらりは戸惑うしかなかった。
翌日、ドアをノックする音が、放課後の同好会室に響いた。
なんとなく、昨日の男の子かなと思いながら、キャスター付きの椅子に座りながら返事をすると、ゆっくりと扉が開いた。
「昨日の、お礼をしに来ました」
思った通り、前日に出会った男子だった。
「いいのに」
彼はコンビニで買ったお菓子を差し出した。
「どうぞ、召し上がってください」
きらりは、それを受け取ると、微笑みかけて、言うのだ。
「ありがと。一緒に食べよ」
向かい側の席に視線を送ると、彼はそのパイプ椅子に座った。
本棚の下にあった段ボールから紙コップを取り出し、水筒から今朝淹れた温かい麦茶を注ぐ。
突然に先輩女子とのお茶会が開始された急展開についていけず、視線をぐらつかせる彼を見て、丘野下きらりは小さく笑った。
――緊張してて、がちがちで、かわいいな。あゆむ先輩も、あたしがこの部屋に押し掛けた時とか、こんな風に見えてたのかな。
「麦茶でいいよね?」
「好きです」
その言葉をきいたとき、きらりの手元はわずかに揺れ、水筒から注いでいた麦茶のしずくが跳ねて、机に落ちた。
「えっ、何? 何が」
麦茶入りの紙コップを手渡し、ティッシュで机を拭きながらたずねると、
「あっ、麦茶、好きです」
「なんだ。びっくりした」
男子は赤面して、目をそらした。
それを見て、丘野下きらりは、どこかで見覚えがあるような奇妙な感覚に襲われた。
しかしそれは見覚えがあったのではなく、身に覚えがあるものだった。
自分が大道あゆむ先輩と初めて話したとき、自分も思い切り目をそらしていたことを思い出した。
続いて、ごまかそうとして周りの人に明るく話しかけていたことも思い出し、なんだか恥ずかしくなって、きらりも顔を赤くしながら目をそらした。
やがて熱い麦茶を一口飲んだ男子から質問があった。
「先輩、放課後は、いつもこの部屋に入っていきますけど、何の部活の部屋なんですか?」
「おさんぽ部だよ」
「何ですかそれ」
「要するに、歩いて、撮って、あとで眺める。そういう活動をするところ」
「変な部活ですね」
「そうだね。あたしもそう思う」
「それなのに何でそんな部に? もっと有意義な青春があると思うんですが」
きらりは正論にムッとした。
「あたしの勝手でしょ」
「それはまあ、確かに……」
「先輩から託されたんだよ」
「前の部長ってことですよね。どういう先輩だったんですか?」
「大事な思い出だよ。すごく優しい人だった」
きらりが遠い目をして言うと、「そうですか」と呟いて、男子は黙った。
丘野下きらりは棒状の甘い菓子を口に運んで飲み込んでから、男子にやさしい視線を送った。
「こっちからも質問していい?」
「なんですか」
「あなたは、どうして、あたしのこと知ってたの?」
「去年の夏休み、きらり先輩が金色の髪だったとき、夜に公園のベンチで、月明かりの下で泣いているところを見ました」
身に覚えが全くなかった。なぜなら、丘野下きらりは、病院からうれし涙の退院を果たしてから、外でほとんど泣いたことがなかったし、金色の髪にしたこともなかったからだ。
きらりは、ずっと茶色っぽい髪のままだ。金髪に染めていて、夏に泣く理由があったのは、妹のさやかだ。
そうとは知らず、男子は続ける。
「それで、夏ごろから、ずっと気になっていたら、同じ学校にいて、金髪じゃなくなっていたから、何があったのか心配でした。先輩だったことがわかって、それから半年が経って、春になって、そして昨日、偶然、うちの犬が走り出しまして、犬は飼い主と好みが似るんですね。はじめて言葉を交わすことができて、うれしかったです」
「なるほど」と丘野下きらりは頷いた。「それさ、言いにくいんだけど、人違い」
「えっ」
きらりは近くに置いてあったパソコンを開くと、その壁紙を見せつけた。そこには四人の集合写真があった。アジサイの咲き誇る中で、ピースサインをしている金髪の女子を指さした。その隣には、同じ顔をした茶色い髪の女の子がいた。
「ほら。こっちがさやかで、こっちがあたし」
「ご、合成ですか?」
「いや、普通に妹だよ。夏ってことは、アメリカ行きを決断した頃だね。あたしや先輩との別れに最後まで迷ってた。泣いてたとは知らなかったけど」
「似すぎです。全然わからない」
「えー、全然似てないと思うけど」
「似てますよ。激似です。入れ替わっても気付かない自信ありますよ」
「そうかもね。そういう実績はあるよ」
「この後ろに立っている二人が先輩ですか?」
「うん、あゆむ先輩と、めぐるちゃん。二人とも最高の先輩だった」
「この壁紙の背景はどこですか。すごく景色のいい場所ですけど」
「ここはねぇ、そう簡単に教えられないかな。おさんぽ部の秘密のパワースポットだから」
「なるほど」
そこから、沈黙が続いた。
互いに、居心地は悪くないなと思っていた。
やがて、きらりが口を開いた。
「やってみる?」
「えっ? な、何を」
「おさんぽ部」
「……はい!」
丘野下きらりは、キャスター付きの椅子から勢いよく立ち上がり、右のこぶしを天井に向かって突き上げた。
「それじゃあ、まちにでよう!」
スマホを手に取って、新入部員とともに、裏門に向かって歩き出したのだった。
さて、ツタに覆われた橋や、狭い路地裏を抜けて、『このさき看板』に着いた。その名の通り、『このさき』までしか書かれていない看板だ。看板の奥にはツタに覆われた廃墟が見える。
「ね、謎でしょ?」
と言って、スマホで写真を撮っていた丘野下きらりに対して、男子は言う。
「これだけですか?」
お約束と言えるくらい繰り返されたやり取りに苦笑いしながら、きらりはたずねる。
「『このさき』の後に続く言葉、なんて書かれてたんだと思う?」
男子は、あれこれと考えをめぐらせて、やがて答えを一つにしぼりこむ。
「このさき、行ってみればわかる!」
そうして、看板の向こうに歩き出した。さらにその網目状のフェンスには、樹木の生長によって開いた穴があり、そこから侵入した。大きな穴だったので、二人とも、難なく通れた。制服が引っかかって破けないように、慎重に進んだ。
「本当に行くの? 危なくない?」
きらりの問いに、男子は答える。
「危ないかもしれない。でも、謎は解きたい」
「あたしは、謎は謎のままでもいいと思うけどなぁ」
「そのわりには、ついてきてくれてますよね」
「ここまで連れてきたのあたしだからね、ひとりで行かせるのは心配ってだけだよ」
重たい鉄の扉の前に立つ。冷たいドアノブに手を掛けた。鍵は開いていた。
暗闇をスマホのライト機能で照らしながら進む。足をつくごとに埃が舞い上がった。
やがて広い部屋に出た。部屋の中央には、片袖机が一つだけ置かれていた。
机の上を照らしてみると、一冊のB5サイズノートがあった。粉雪が積もっているみたいに埃まみれになっていた。
男子はカビくさいそれを拾い上げて、ホコリの層を静かに払い落とし、表紙に描かれた文字を確認する。
「おさんぽ部、卒業制作集……? 先輩、これは?」
「あゆむ先輩の? いや、こんなノートの表紙デザイン、見たことない。もっと古いと思う」
「中を見ていいですか?」
「うん。見てみよう」
きらりは自分の携帯のライト機能を使って、彼の手元を照らした。
机に置いたまま、ページをめくる。
二人で並んで、すぐ近くに顔を並べて、ノートの中身をのぞきこんだ。
最初のページにボールペンで描かれていたのは地図だった。
「部室で見たおぼえがある。あゆむ先輩が撮った写真と同じ地図かな。あれはバレーボールに書いてあってゴールが見えなかったけど、ノートに書かれているほうは、完全版みたい」
「バレーボールに地図? 意味がわからない」
男子は首をかしげていた。
「あたしもわかんないよ。でも、謎がある。行ってみようよ」
ツタまみれの廃墟を後にして、地図のスタート地点である自分たちの中学校に戻った時、まだ日暮れまでは時間がありそうだったので、地図の矢印をたどってみることにした。
ノートには他にも、このまちに設置された謎がいろいろと書かれていたのだが、まずは地図の先に何があるのか確かめることにした。
矢印をたどっていくと、高校が見えてきた。しかしゴールは高校ではなかった。
高校から五分ほど歩いた先、アーケードつきの商店街の中にあったのは、まちの靴屋だった。個人経営らしきその店が、ゴール地点だった。
きらりと男子が色あせた汚いノートを持ちながら店の看板を見上げていると、店の外から初老の男性が歩み出てきた。汚れたエプロンを身に着けた、白髪交じりの眼鏡の男だ。
「いらっしゃいませ。靴をおさがしで?」
と言ったかと思ったら、きらりが持つノートに視線を集中し、目を見開いた。
「きみたち、そのノートは?」
その問いに、きらりが答える。
「ここがゴールだって書いてありました」
「きみたちは、いったい……」
何者か、という問いにも、きらりが、はっきりと答えた。
「おさんぽ部です」
隣で男子も頷いた。
靴屋の男は驚いた顔で、さらに目を見開いた。
「おさんぽ部だと? 滅びたはずでは?」
その反応を見て、男子が問い詰める。
「何か、ご存じなんですか? ここがゴールだってことには、意味があるんですか?」
「うーむ、ええと、どう言ったもんかな……」
靴屋の男はしばらく煮え切らない態度を見せていたが、やがて覚悟を決めた。
「意味なんて無い! ただのいたずら! ごめん!」
とてもいさぎよい謝罪だった。
男子は不満そうに、
「このゴールに来ても、何も報酬はないってことですか?」
「いや、報酬な。それなら、ある。地図をたどって、ここに辿り着けた者には、豪華賞品プレゼントだ」
そして差し出されたのは、靴だった。それぞれのサイズに合うスニーカー型のウォーキングシューズが目の前に置かれた。派手な蛍光色で、ピンク色と紫色が一足ずつ。かなりの型落ち品だが保存状態はとても良かった。
「履いてみたまえ」
言われた通り履いてみたが、履き心地が最悪だった。
きらりは不満の声をあげる。
「おじさん、この靴、合わないみたい」
男子も苦悶の表情で、
「これは足が痛くなりそうだ」
初老のエプロン眼鏡男は頷く。
「そうだろうとも。それも当たり前のこと。靴に必要なパーツが足りていないからな」
「もしかして……」
きらりの予想通り、その足りないパーツが眼鏡の男の手にあった。
インソール。すなわち中敷きである。
「これを敷けば快適に歩ける最高のウォーキングシューズが完成する。そしてこいつの値段が!」
「値段が?」きらりは首をかしげてみせる。
「一万円だぁ!」
「商魂たくましいですね。すごい」
「別に定価より高くしてるわけじゃないんだぞ。ただ高級品を買ってもらいたいだけだ。そして、その高級中敷きを体験した者たちは、中敷きにこだわるようになる。そしておれの店が繁盛する! 完璧な方程式なのだ!」
「へえ、賢いですね。さすがです」
「お嬢ちゃんは、なかなか反応がかわいらしいな。おれがおさんぽ部を立ち上げた時には、お嬢ちゃんみたいな愛嬌のある子はおらず、男子ばっかりだったぞ」
「立ち上げた? あなたが、おさんぽ部の創始者なんですか?」
「ああそうさ。お嬢ちゃんになら特別に教えてあげよう」
「何ですか?」
「実はなぁ、おさんぽ部が生まれたのは、おれが靴を売るためだ。おさんぽ部の活動ってのは、地域を散歩して、その写真を撮って、それをファイルに入れて蓄積することだ。その時に、足に履いているのは何だと思う? おそろいのウォーキングシューズだ。毎年、想定を上回る数、おれの家の靴が売れる。売れた分の五割がおれの小遣いになった。実に儲かったぜ。最高だった」
きらりは、誰にもきこえないような小声で「……しょーもな」と呟いた。
「何か言ったかい、お嬢ちゃん」
きらりは笑いながら顔の前で手を振って、
「いえ、続けてください」
「それでな、おれも中学三年になり、惜しまれながら卒業するとき、気付いてしまったんだ。このままだと、小遣いが減るってな。だから、おれの店に至る宝探しの地図を作って、いろんなところに配置した。辿り着いた者に靴をプレゼントすることにした。さっきも言った通り、中敷きは別料金でな」
「アコギですね」と男子は軽蔑の色を混ぜて言った。
「まあ、昔の話さ。そんでもって卒業の時に、そういう謎めいたものを作るってのが、おさんぽ部の伝統になった。そのノートを持ってるってことは、コノサキちゃんの看板は見たよな」
コノサキというのは名前だった。
しかし、そんな名前の人を、きらりも男子も知らなかった。
「おさんぽ部の最後の部長だったはずの女だ。他に部員はいなくて、おさんぽ部の廃部の瞬間に居合わせて、幕を引いた人間だ。そのノートの中に、写真が挟まれてなかったか?」
きらりは、ノートをめくってみる。最後のページに、制服を着た女性がパイプ椅子に座っている写真があった。女性の背後の黒板には、『おさんぽ部新入生歓迎会』という文字が踊っている。前髪が長く陰気な印象を受けた。
それは、かつて、掃除中にファイルから落ちた黒歴史と同じ写真だった。
その写真の中の女性に、丘野下きらりは見覚えがあった。
「ギャル先生? でも、このさきって名前じゃなかったはずだけど」
「そのへんは家庭の事情だ。中学時代に両親が離婚してな。そうか。コノサキちゃん、心残りだったんだろうな。先生になって……それで顧問としておさんぽ部を復活させたってわけだな」
正確に言えば全く復活していない。永遠の不承認であり、どうあがいても部活になれない集まりである。正式には、まちあるき同好会という名前なのだった。しかも、コノサキちゃんだった女性、すなわちギャル先生はすでに先生をやめてしまった。
しかし、そんなことを正直に言ったところで、何の意味もない。
きらりは、「そうです」と平然と言い放ち、続けて今の部員が二人であること、尊敬する先輩たちが川の近くに木造の奇妙な塔を立てたことを説明した。
初老の男性は眼鏡を光らせて頷き、
「なるほど、あの意味のわからない物体はきみたちのしわざか。すばらしい謎だ」
「ありがとうございます」
きらりは頭を下げて応えた。
「ただ靴を売るために作った部活なんて、忘れられるべき黒歴史だと思っていたけれど、こうして後輩が目の前にあらわれると、案外、感動するものだな。ここで会えたのも何かの縁だ。その靴はあげるし、中敷きのお代もいらないよ。きみたちが、卒業するとき、どんな謎を設置するのか楽しみにしているよ」
「ありがとうございます」
きらりと男子、声を揃えて言って、もらった靴に履き替えて、歩き出した。
「おそろいだね」
というきらりの言葉に、
「はい」
緊張感のある返事をした男子。
しばらくの沈黙の後、夕日に向かって歩きながら、男子は言うのだ。
「こ、これから放課後、あの部屋に行くことを許してもらえたら、なんて」
丘野下きらりは思わずこぼれそうになる笑いを抑え、小さく息を吐いてから、
「そうして」
そう言って、やわらかく微笑んだのだった。




