第四十四話 あゆむとめぐるの高校生活
放課後、春の柔らかな日差しのなか、高校からの帰り道にある馴染みの喫茶店で、大道あゆむと浅川めぐるが話していた。
特別な話をしているわけではない。一緒に帰るときの定番ルート。生活の一部だ。
世間をにぎわす悪いニュースが話題となり、やがて、お互いの今までやらかした一番悪いことが何だったかという話になった。
大道あゆむは、小学生の頃に、自信を喪失してサッカーの試合前に逃亡してチームメイトに迷惑をかけたことを最大の悪事として語った。
「最低」
「ああ、最低だった。だから、同じことを繰り返しそうで、中学でも、ちゃんとした部活に入るのがこわかった」
「逃げたんだ。高校では、どうするの?」
「めぐるは、どんな僕が見たい?」
「何でもいいよ」
その言葉に、大道あゆむはムッとした。
「何でもいいが一番困るって、前にめぐるが言ってなかったか?」
「私はいいのよ。あゆむくんが言ったらダメってだけ」
「それは、ひどくないかな」
「そもそも、『どんな僕が見たいか』なんて私にきいてくるってことは、『僕は何の部活でもいい』みたいに言って、私に決めさせようとしてるじゃん。殴っちゃおうかな」
「言われてみれば……そうかもしれない。ごめん」
「あゆむくんが決めるんだよ。私たちの歩む道を」
「そうだな。真剣に考えるよ」
「うん、そうして」
微笑んだ浅川めぐるが言ってコーヒーを口に含んだ時、大道あゆむは気付いた。最大の悪事の話を誤魔化されたかもしれないということに。
大道あゆむは蒸し返す。
「それで、めぐるのやった一番の悪いことって?」
めぐるは表情を変えず、カップをおろすと、
「もちろん、きらりとさやかの入れ替わりを全力サポートしたこと。あなたを騙し続けたこと」
大道あゆむは納得しなかった。
「それは、めぐるの中で、まだそうなのかもしれない。でも、悪いことじゃないだろ。僕は怒ってないし、きらりちゃんへの愛情が大きかっただけだ」
「あゆむくんの想像以上に、いろんなところに迷惑かけてるけどね」
「だとしてもだ。僕はそれを悪いことだって言われるの、すごく嫌だ」
「まあ、あゆむくんがそう言うなら……」
「あらためて、めぐる、これまでの一番の悪いことは何だ?」
浅川めぐるは息を吐いて、語りだす。
「誰にも、親にさえ知られてないことなんだけどね、私の母親が昔とった音楽コンクールのトロフィーをさ、いじくってるうちに壊しちゃってさ、それをあの池に投げ入れて隠したんだよね。たぶん、わざとだった。両親の気を引こうとしたんだと思う」
「いつのことだ」
「わすれた。でも、まだ中学入る前だったよ。小学校に隠したらすぐにバレる、中学ならバレないって思ってさ」
「じゃあ、あの池掃除のとき作ったバイオリン型の置物って……」
「うん、記憶をたどって再現したの。あれ見るたびに思い出すんだよね、そういう昔の悪行をさ」
「そんなものを、あの部屋に飾らせたのか……」
「うん。うまく作れたとは思ったけど、実はね、見るたびにね、つらかったよ」
「なんでそういう、キツくなる方を自分から選ぶんだよ、めぐるは」
「さあね。そういう風に言って助けてくれる人を待ってたのかな」
「これからは隠さなくたっていいからな。僕がいるから」
「あゆむくんこそ、もう逃げられないからね。私がいるから」
二人は喫茶店を出た。
空は晴れていた。
電車に乗って、坂をのぼって、浅川めぐるの家に着いた。
電気をつけた。広々として明るい部屋だ。
リビングのソファに、並んで座った。
「あゆむくん」
そう呼びかけた浅川めぐるが、続けて小さく囁いた短い言葉に、大道あゆむは、間違えることなく応えたのだった。




