第三十五話 怒りの理由を
始業式があって、ついに僕は三年生になった。最高学年だ。
久々に同好会室に顔を出した浅川は、挨拶もなしに言った。
「された? 二人から」
「ごめん」
「そっか」
その日から、告白のことを話題に出すことはなかった。
浅川は僕が席を立った隙に、キャスター付きの椅子に座った。
僕らは、何も話さなかった。
翌日以降も、浅川は部屋にやってきた。
パソコンを触ったり、本棚にある写真をみたり、本を読んだり、落ち着かない様子だった。
何度も目が合った。
僕は、浅川に、なにもきかなかった。
浅川は涙目になっていることが多くなった。あくびでごまかしていたけれど。
浅川のなかに降り積もる何かがあるのだろう。
寝不足のようだった。日を追うごとに、目に見えて疲れが出ているのを僕は見ていた。
そして、誰も来なくなった。
誰も来ない日が続いて、三日目になった。
また一人きりだ。
楽しかった日々が終わろうとしている。
僕の名前、大道独行という字面にも実に似合っている状況だ。
これでいいのかもしれない。なんて、僕は思わなかった。
当たり前だ。思うわけがない。
「外に出よう」
僕はまちあるき同好会の長だ。
これからも謎を増やすために、浅川めぐるが必要だ。
僕は立ち上がった。
しだれ桜の前に来た。浅川が流した二つの涙を思い出した。
同時に造花の桜の下で怒った顔を思い出した。
なぜあの時、浅川は怒ったのか。その答えを、僕はまだ見つけられていなかった。
完全にわかることは永遠にないのだと思う。そして、それでいいんだと思う。
でも、何も考えないままなのは、きっとよくない。
僕は発覚した衝撃の事実たちと突き合わせて、浅川の暴力未遂を考えてみることにした。
きらりちゃんは二人いる。本物のきらりちゃんがいて、きらりちゃんを演じた、さやかちゃんがいる。
あのとき造花の下にいたのは、本物のきらりちゃんだ。きらりちゃんの前で、僕は本物の桜を別のタイミングで見に行く話をした。何度もその話を蒸し返した。そしたら浅川が怒り出した。
本物のきらりちゃんは、病気だった。いつものごとく説明されてないから、詳しいことはわからないけど、浅川とさやかちゃんが治癒を泣いて喜ぶくらいだ。重たい病だったと思われる。
クリスマスイブも本物のきらりちゃんだったけど、途中で倒れたときに、さやかちゃんに入れ替わっていた。
本物のきらりちゃんが出てこられるタイミングは限られている。クリスマスイブも無理して出てきたとしたら、あのデート予定の詰め込み方にも納得がいく。
それらを踏まえた上で、花見の裏で起きていたことを推測してみたら、どうだ。
もしかして、あの日しかなかったのか?
抜け出せる最後の日だった。生きるか死ぬかの賭けに出る日が迫っていた。一歩間違えば、きらりちゃんには二度と会えなくなるような、分かれ目の日だった……。
そこまで重たい根っこがあったと考えれば、浅川の行動の意味もすこしは見えてくる。
告白の日、丘野下きらりは、軽い気持ちで僕に「好きになってみませんか」と言ったわけではなかった。
浅川めぐるは偽物まで許容して、覚悟をして、本物のきらりちゃんの背中を押し続けてきた。
でも、きらりちゃんの手術は成功して、きらりちゃんが元気に帰って来た。
僕はきらりちゃんを選ばなかった。
その時、何が起きたか。
浅川めぐるは、頑張る必要がなくなった。あとに残るのは何だ。
自分で自分を、責めるしかないじゃないか。
きらりちゃんの恋愛を成就できなかったこと。自分が恋路を邪魔したかもしれないこと。僕を騙し続けていたこと。幼馴染のためを思って暴力に走ろうとしたこと。それでも、かえってきらりちゃんの頑張りを引き出して、治るきっかけになったかもしれなかったこと。それでよかったとすんなり思えない浅川も心の中にいるかもしれない。
この同好会室で、ずっと浅川に降り積もっていたのは、たぶんそれだ。あるいは、降り積もるというよりも、ぐるぐると頭の中、同じところをめぐっていたのかもしれないが。
とにかく、浅川は大切な幼馴染のために、先回りして、調整して、自分の気持ちだって削っていたに違いない。
歪みすぎだろう、そんな優しさ。
僕は本当に愚か者だ。浅川の大きすぎる優しさに、今の今まで気づいてやれずにいた。
申し訳ない。なんて思わない。
だって、これは浅川めぐる自身の選択が招いた生き地獄だ。
僕にはどうしようもなかったことだし、なんなら浅川に騙された被害者だ。
言ってやりたいことだってある。
すこしは説明しろ。




