第三十三話 ふたり
授業中、少し遅れて、ようやくわかった。
以前、浅川が泣いていた理由は、本当のきらりちゃんが治療生活に入ったからだ。
今回、浅川が泣いていた理由は、本当のきらりちゃんが治療を終えて元気になったからだ。
本当のきらりちゃんって、何だよ。
僕は、だんだん言いようのない怒りがわいてきて、一日中、ずっと浅川のことを見つめていた。
クラスメイトに、「何かあったのか」と言われるくらいには不信感を込めた視線を送れていたと思う。
それでも浅川と目が合ったとき、浅川はにこりと笑いかけてきた。
誰だあれはと僕は思った。
放課後、僕は走って同好会室に向かった。
部屋の中には、もう浅川がいた。キャスター付きの椅子に座っていた。
そのほかに二人がいた。
きらりちゃんと、きらりちゃんがいた。
同じ制服を着て、同じ立ち方をしている。
どっちがどっちなのか、まるでわからない。
僕がドアノブを握ったまま硬直していると、二人は、
「大道先輩!」「あゆむ先輩!」
とそれぞれ言ってから駆け寄ってきて、二人で僕の手を片方ずつ引いて、部屋に招き入れた。
椅子が足りない。
僕は他の部室からパイプ椅子を借りてきた。
「ええと、ごめん。どっちがどっちかわからなくなるから、先に名乗ってから発言してもらっていいかな」
二人は同時に頷いて、そのうちの一人が元気いっぱいに手を挙げた。
「さやかです。妹です。見てもらえばわかる通り、こういうことなんで、お別れですね。元の学校に戻ります」
見てわかるとか言うけれど、本当に見ても何もわからないんだ。もう少し詳しく説明してほしいと思った。すると、
「きらりです。病院を抜け出してきました! ねえさやかちゃん。ちょっと省略しすぎ。大道先輩は何も知らなかったんだから、それじゃ伝わらないよ。ちゃんとお別れしよ」
「さやかです。正直、もう演じなくていいと思うと、すっきりしますねぇ!」
僕はすっきりできるわけもない。
「あの告白も、演技だったってこと?」僕は怒気を込めて言った。
きらりちゃんは胸に手を当てて、
「きらりです。先輩。それは本当。演技なんかじゃない。あの告白は、あたし」
「待ってくれ。もう、どこからがきらりちゃんで、どこからがきら――じゃなくて、さやかちゃんだったのか、僕のことを好きだと言ったのはどっちなのか、教えてくれ」
僕が言ってすぐに、「きらりです」「さやかです」と同時に手が上がった。二人は譲り合っていたけれど、浅川が割って入って、「きらり」とだけ言った。
「きらりです。去年の告白の日までと、クリスマスイブと、お花見!」
「さやかです。それ以外は、ぜんぶあたし!」
僕は呆然とした。
さらに浅川が、「夏休み、道で美女を連れた不審者に声をかけられた女子五人組のなかにいたのは?」と言うと、
「さやかです。あたしです」
と返ってきた。
人違いじゃなかった。いや確かに人違いではあるのか?
混乱する。
要するに、あれは丘野下きらりを演じていない、素のさやかちゃんだったんだ。
「ていうか不審者じゃねーし、あと自分のこと美女って言うな」
美女なのは間違ってないけど。
浅川は幸せそうな笑顔のままスルーした。
そんなとき、同好会室の扉が開いた。
「やっほ~」
ギャル先生だった。久々に顔をみた気がする。
話の途中で入ってきて、二人いるのに驚くかと思いきや、
「ついに、ばれちゃったね~」
そっち側の人だったか。いい大人が何をやってるんだ。
「ま、結果的にさ、みんな元気になって、よかったよね~」
二人の丘野下は、「はい!」と元気に返事をした。
浅川も聖母のように微笑んでいたけれど、一瞬だけ虚ろな表情を見せたのを、僕は見逃さなかった。
でも、どうしてそんな浮かない顔をしたのか。その理由までは掴み取ることができなかった。




