第三十話 つながるホワイトデー
浅川との喧嘩なんてのは一過性のもので、三日もすれば何事もなかったかのように日々が流れていくだろうと思っていた。
僕の見立てはおそろしく甘かった。
およそ一か月、浅川めぐるは僕との会話を避け続けていた。
何度も目は合うのに、すぐに逸らされる。
同好会の部屋にほとんど毎日顔を出すのに、一定の距離を保ってくる。
メッセージも電話も全部無視。まあこれについては普段とあまり変わらないのだが。
とにかく、きらりちゃんを介してのみ、ぎりぎり意思の疎通ができるような、かわいい後輩に負荷をかけまくる空間が生まれてしまっていた。
このままにしておくわけにはいかない。
僕から誠意をみせることにした。
ホワイトデーというものがある。ここ日本では、バレンタインにもらったお返しをする日だ。
二つ用意してきた。全く同じ、しっとり系のお菓子だ。
かなり奮発した。
きらりちゃんへのお返しと、浅川へのお返しだ。
あのバレンタインの日、浅川からもらったのはチョコレートじゃない。紙だ。
それでも、なにかをもらったことに変わりはない。僕は同好会の二人のことが本当に大好きだから、誰に何と言われようと、二人に同じものを渡すのだ。
放課後の同好会室で、僕は二人に手渡そうとした。
きらりちゃんは、喜んで受け取ってくれた。
浅川は、久しぶりに僕に言葉を返した。
「あげた覚えないけど」
それをきいた丘野下きらりは、
「じゃあ、もーらい」
軽く言って、浅川にあげる分のお菓子を奪い取った。
僕は予想外の出来事に「えっ」と声をもらす。当たり前だ。許容できない。それは浅川のものだ。
「きらりちゃん!」
僕は、きらりちゃんから奪い返すために、走り出そうとした。
浅川の指先が、僕の袖を掴んでいた。
「いいの」
「なにが」
「これでいいのよ」
「……いいわけあるか!」
僕はそう言って、振り払おうとした。
浅川の手が、僕の手首をしっかりと掴んだ。
「お願いだから、やめて。ここにいて。私が悪かったから」
「素直だな、珍しく」
「私が素直じゃなかったことないでしょう」
「その言い方がもう素直じゃないよな。だいぶ屈折してきこえたぞ」
「変だよね。わかってる。でも、お願い。きらりを追いかけないで」
それから、僕らは座ったまま、ずっと無言だった。時計の音が響く。
いつか、浅川の家で過ごした無言とは違って、居心地が悪く感じられた。
あの時と同じように何もしていない。それなのに、なぜこんなにも違うのか。場所の違いというのもあるだろうけど、他にも理由がありそうだ。
考えてみて、それは、すれちがったまま何もしていないからだと僕は思った。
だったら何かをすればいい。
僕は紙とペンを取り出した。
浅川は、それをみて蒸し返されると思ったようで、不安そうな表情で、身体をこわばらせていた。
安心してほしい。僕は浅川とは違うから、紙に『お返し』とか『チョコレート』とか書いて叩きつけたり投げつけたりはしない。
僕は、まず紙に小さく『ト』と書いた。
そこに文字を付け足して、『トルコアイス』にした。
僕はペンを差し出した。おそるおそる、浅川は受け取ってくれた。
しりとりが始まった。僕に付き合ってくれる気があるようだ。
『スコ』
まで書いて、さっそく浅川は固まった。絶対スコーンが思い浮かんだなと思った。そして、負けたくないもんだから、途中から軌道修正して出てきたのが、
『スコンブ』
僕は『ブッシュドノエル』と返す。
無言のまま、スイーツしりとりが続いた。
『ルバーブジャム』浅川。
『ムース』僕。
『スイカ』
『カヌレ』
『レモンパイ』
『イチゴ』
『ゴマ』
『マカロ ニ』
僕がそう書いたところで、浅川が沈黙を破った。
「大道くんの負けじゃない? 今の流れ、マカロンって書こうとしたでしょ」
「なんでだよ。マカロニも甘いだろ」
「えー?」
「そんなこと言ったら、浅川のスコンブも怪しいだろうが」
浅川は吹き出すように笑ったのだった。
僕たちは仲直りした。




