第二十九話 消えたバレンタインチョコレート(後)
僕らは昇降口に向かった。
本当に僕の下駄箱の中には何も無かったのか。それを確かめなくてはならない。
変な感じだ。僕の下駄箱に、二人の女の子が注目している。
僕は緊張しながらも、下駄箱のロッカーを思い切り開けた。
二つのチョコレートがあった。包装紙のリボンに『まちがえんな!』と怒りの字が書かれたノートの切れ端が挟まっていた。
入れる先を間違えられたチョコレートは、別の誰かに一瞬の期待をさせ、すぐに地獄に突き落とし、それでもその優しい誰かの手によって本来あるべき場所に戻されたというわけだ。
悪いのは誰か。きらりちゃんだ。
「あれぇ、あははー」
「そんなごまかしの笑いで済むとでも」
「いやぁ、許してくださいよ、めぐる先ぱーい」
僕は宝物を扱うようにチョコレートを取り出した。一つではなく、二つあった。
片方は、これはもしかして、浅川の?
そう思って、浅川めぐるの顔をみたのだが、信じられないといった顔できょとんとしていた。身に覚えがなさそうな反応だ。
対して、丘野下きらりには、二つ目のチョコにも心当たりがあった。
「あ、それも、あたしからのやつです」
「二つも?」
「ひとつは本命で、もうひとつは下心、なんてね。あははっ」
きらりちゃんは、いたずらっぽく笑ったのだった。
悪びれない態度に、浅川が不機嫌になっていたのは言うまでもない。それでも、
「ごめんなさい、めぐる先輩」
という後輩のしおらしい謝罪に、いいのよとあっさり許した浅川だった。
同好会室に戻った僕らは、しばらくのあいだ集めた画像の鑑賞会などをして、帰る時間になった。
僕が先に部屋を出ようとしたとき、浅川に呼び止められた。珍しいこともあるものだ。
「大道くん。こっちにきて」
浅川はキャスター付きの椅子に座っていて、カバンに手を突っ込んでいた。
まさかチョコレート。
浅川が。僕に。本当に?
「大道くんに、義理チョコがあったんだけど、さっきの騒動があったから渡せなかったのよね」
その言葉に、僕は強い違和感をおぼえた。
「いや、おかしくないか。義理ならどんな状況でも渡せるんじゃないか」
浅川は、僕の言葉に一瞬止まって、次の瞬間には目の色を変えた。
勢いよく立ち上がると、もう一度カバンに手を突っ込んだ。
紙とペンを取り出した。紙に『チョコレート』と殴り書いた。
「ちょっ、浅川、なにやって――」
紙を叩きつけて僕の前に滑らせた。
「これでいい? さっさと受け取ったら?」
あまりにも尖った言い方だった。
さすがの僕も、これには頭にきた。
「浅川。僕のせいで渡したくなくなったのはわかるよ。余計なことを言ったと思う。でも、なんで叩きつけてくるんだよ」
「義理だから」
「だったら普通に渡せばいいだろ」
「……普通ってなによ。愚かもの」
そうして、浅川は口の開いたままの鞄を振り回すように持ち上げると、すぐに走り去っていった。
僕はため息まじりに「わかんないやつだな。何なんだよ」と呟いた。
きらりちゃんは、目を丸くしていた。
「あんなめぐる先輩、はじめてみた……」
こんな時だというのに、チョコレートはおいしかった。特に手作りで本命っぽいやつは高級品にも負けないものだった。今までで一番うまいと思った。
感想を伝えると、きらりちゃんは僕に抱きついてきた。
こんな風に純粋な好意をまっすぐ向けてくれる女の子を、僕はなぜ受け入れ切れないのだろう。
思い切り強く抱き返してやりたくなったけれど、それをやったら取り返しがつかなくなる気がして、僕は彼女を優しく剥がした。
そのあとは、あえて何事もなかったように、きらりちゃんと、今後のまちあるき計画のアイデアを出し合い、途中まで一緒に帰った。
きらりちゃんは、その間、一度もスマホを見なかった。




