第二十八話 消えたバレンタインチョコレート(前)
「あゆむ先輩、チョコレート、どうでした?」
バレンタインデーだった。僕はきらりちゃんの言っている意味がわからなかった。だって、チョコレートなんて受け取っていないんだから。
「あゆむ先輩? 下駄箱に入れたんですけど」
僕が見逃したのだろうか。いや、間違えるはずもない。まる二年弱付き合っている自分の下駄箱だぞ。まして今日は、目を皿のようにして見た。見逃すことなどあるはずない。
僕が答えようとした時、浅川が話に割り込んできた。
「きらり、大道くんの下駄箱には、何も入ってなかったわよ」
その通りだ。何もなかった。上や横に貼り付けられてないかも確認したけど、ゼロだ。
この部屋でもらえるものかと期待していたんだが、この流れ、どうにももらえる雰囲気ではない。
そして、浅川は付け加えるように、
「たまたま見えたのよ」
などと言った。
その追伸が、なにか隠しているように見えたのだろう。きらりちゃんは不審の目を先輩に向けた。
「めぐる先輩。何かしました?」
「するわけない」
「でも、おかしいです。なんでいきなり、下駄箱に何も無かったなんて、わざわざ言ったんですか? もしかして、きらりのチョコを隠したんですか?」
「落ち着いて。本当に違うから」
「正直に言ってください。先輩が、隠したんですか?」
浅川めぐるは、想定外の事態に、携帯を取り出した。メッセージでの説明を希望したのだ。しかし、きらりちゃんは従わなかった。携帯を取り出してみせて、それをパイプ椅子の上に伏せて置いた。
「答えてください。あのチョコが大事だって、めぐる先輩も知ってるでしょう?」
これほどまでに怒るとは、チョコの中に一体何が入ってるんだろう。僕は何を食べさせられようとしていたんだろう。
「めぐる先輩。あたし、怒らないですから、正直に言ってください」
そのとき浅川は、僕を見た。助けを求めるような目にも見えたし、ここは出て行ってほしいという目にも見えた。
僕は、来たばかりだけど、部屋の外に出ようとした。
「まって。あゆむ先輩もいてください。はっきりさせたいです」
「はっきりって、何を」
きらりちゃんはそれには答えず、ただ、浅川めぐるの目を見つめ続けていた。
浅川は視線をそらした。
「たまたまっていうのは嘘。大道くんの下駄箱はあけたけど、何もなかったのを見ただけ」
「なんであけたんですか」
「来てるかなって」
「毎日あけてるんですか?」
「そんなわけないでしょう」
「きらりのチョコは、捨てたんですか?」
「そんなことするわけないじゃない。きらりの大切なチョコを、なんで私が」
「やりかねないですから。最近のめぐる先輩なら」
浅川はため息を吐いた。
「本当に落ち着いて。私が、どれだけきらりのために――」
と感情的に言いかけて、次の言葉を深くのみこんだ。
それを見て、どういうわけか、きらりちゃんも冷静さを取り戻した。
目の前で起きていることが、僕にはよくわからない。
「よくわからないんだが、別のを買えばいいんじゃないか?」
僕が言うと、二人がすごい血走った眼で僕を見た。
怒りの矛先が僕に向いてしまうのかとビクついた。
そこで浅川は、場が落ち着いたと判断したのだろう。腕を組み、ひとつ提案をした。
「現場を見に行きましょう」




