第二十七話 クリスマスデート(3)
突然の浅川の登場に、僕はまた混乱させられていた。
尾けてた、と彼女は言った。尾行していたってことか。
クリスマスに? なんで?
「大道くん、時間稼いで」
言うと、浅川は、やさしい動きで、それでいて適切な手順で丘野下きらりを背中に乗せた。イルミネーションのほうに早足で逃げていった。
僕は大男と対峙する。
クリスマスイブに、なんでこんなことをさせるんだと、男に対して怒りが込み上げてきた。
一矢報いたいところではあるけれど、どう見たって弱い相手じゃない。
そもそも、僕は運動はそこそこできるけれど、喧嘩は、からっきしなのだ。
大男は顔に付いた花壇の土を払って唾を吐くと、のっそりと立ち上がって殴りかかってきた。
なんとか避けたけれど、今度は目の前に膝があった。
両手でおさえたら、頭の上からこぶしが降って来た。
クリスマスに降らせていいのは雪だけだ。だというのに、僕はそれをよけきれなかった。
後頭部に直撃はしなかったけれど、頬にぶつかった。
大丈夫。かすっただけだ。
その後、しばらく、怒り狂う男の攻撃を、受けたり避けたり、かろうじて受け流したりしていると、光があふれる路のほうから、通行人が何人か、走ってくるのが見えた。とても早い助太刀だ。
男たちは、「暴漢はどこだ」と言っていた。浅川が助けを呼んでくれたんだろう。
形勢逆転。男は舌打ちをして、がに股で歩き出した。あまりに堂々としていたので、駆け付けた人たちは戸惑った。それが暴漢なのかどうか判断に迷っているうちに、大男は、クリスマスの夜に一人、消えていった。
僕は浅川を追いかけた。浅川が消えた方角に向かった。
小走りから、だんだんとスピードが上がって、いつのまにか、人ごみのなかを全力疾走していた。
二人とも無事なんだろうか。
見つからないので、恋人たちが熱く抱き合うベンチの横を借りて、視線を高くした。すると、
「あゆむ先ぱーい!」
人ごみの中で手を振るきらりちゃんが見えた。
合流して、空いていたベンチに並んで座ると、きらりちゃんは言った。
「急に倒れちゃってごめんなさい。昨日の夜、たのしみすぎて、全然ねむれなくて」
「浅川は?」
「めぐる先輩は、『しっかりやりなさい』って、濃ゆいコーヒーをくれて、気合を入れ直してくれました。もう大丈夫です!」
「そうか」
とりあえず、二人とも無事ならそれでいい。
念のため、僕は携帯を取り出して浅川に感謝のメッセージを送った。クリスマスの奇跡ってやつだろうか。すぐに返信があった。無事でよかった。
きらりちゃんは真剣な表情で僕の手を掴んだ。
「ねえ先輩」
「ど、どうしたの、きらりちゃん」
きらりちゃんは、僕の手を握る力を強めて、こう言った。
「ちゃんと守ってほしいです」
このデートが嫌な思い出のまま終わってほしくない。ほしい言葉をかけてあげたい。
だから僕は言うのだ。
「君のこと、必ず守るよ」
「うれしー!」
抱き着いてきた。密着する胸と胸。どきどきするけど安心する。いつもの激しいスキンシップ。柑橘系の、さわやかな香りがした。
通行人たちは、微笑ましげに僕らをみていた。
元気が戻って来たきらりちゃんと一緒に、きらきらのイルミネーションを端から端まで、できるかぎり一つ一つの電飾に注目しながら細かく鑑賞した。そういう見方をするものではないと思いながらも、きらりちゃんが楽しいならそれでいいのだ。
急に倒れて驚いたけど、いつもと同じだ。僕は安心した。
さて、翌朝、僕は裏庭のしだれ桜の下に浅川を呼び出し、事の真相をきいた。
「なんで尾行なんかしたんだよ」
浅川は呆れたように、こう返した。
「何やってんだろ私って感じだったわ」
前の日をそんな風に振り返ったのだが、それ以上は何も言わなかった。
「答えになってないな。なんで尾行してたのか。それがききたいんだが」
「ごめん、全然きこえなかった」
意地でも言いたくないことだけはわかった。
どこからどこまでが浅川の仕込みなのか。
追及してみたくなったが、関係が崩壊してしまう予感がしたので、口には出せなかった。




