第三話 幼馴染のために
翌日の放課後、僕は期待していた。
告白の後、ドアに激突してから走り去っていった丘野下きらり。めちゃくちゃかわいい後輩が部室棟のあの部屋で待っているかと思うと、跳ねるような早歩きにもなるというもの。
勘違いしないでほしいんだが、これは、わずか一日のうちに丘野下きらりのことが好きになったとか、そういうわけじゃない。誰であれ、同好会の仲間と一緒におさんぽ活動ができるってことが、とてもうれしいのだ。
あの後、掃除をした。職員室でギャル先生から掃除機まで借りて、念入りにやった。人手が足りないもので、奥の方とか本棚とかは完璧にはできなかったものの、目につく埃はないはずだ。
誰が来ても不快にならない部屋が、何年か振りに復活したのだ。
部屋に近づいた僕は、「あっ」と声を漏らした。扉の下の隙間から、光が漏れていることに気付いたのだ。
「丘野下きらりちゃん。もう来てるのか」
僕は期待を胸に、扉を開けた。
いつも僕が座っている席に、黒髪の女子が座っていた。
腕も脚も長い。
座る姿も絵になる。
年上にみえる女の子。
浅川めぐるだった。
なぜ。
昨日から、僕の前に混乱ばっかりお出しされているのは、何かの試練なんだろうか。
普通、この流れだったら、茶髪の丘野下きらりが待っていて、「もう、先輩、おそいですよ。部長なんだからしっかりしてください!」みたいなこと言って、僕が「いや部じゃないんだよ、きらりちゃん。ここは同好会なんだ」と言って腕を広げてみせる、みたいな展開になるものじゃないか。
なんでよりによって、浅川なんだ。
気になっている女の子ではある。なんなら、丘野下きらりちゃんの告白をあいまいにした元凶でさえあるかもしれない。
そんな彼女が、いるはずのない場所にいて、僕は脳内の処理が追い付かないでいた。
なんて脆弱な僕の脳みそ。
それでも、何か言わなくてはと思い、僕は言葉を絞りだした。
「なぜ、ここに」
浅川めぐるは不快感を見せて言う。
「学校にいちゃ悪い?」
「いやっ、学校っていうか、ここは、この同好会は……。なんでこの部屋に?」
僕の質問に、浅川はかぶせて答える。
「大道くんに言う必要がないよね」
「僕は、でも、ここの同好会の長みたいなものだし……」
「理由なんてどうでもいいでしょう。さっさとパイプ椅子を出して座ったら?」
部屋にはすでに空席のパイプ椅子が一つあったのだが、僕は言われた通りに、最後のパイプ椅子を持ってきた。部屋の隅から長机を引いてきて、向かい合わせにくっつけた。三人が座れる場所をつくった。
そのあとで、浅川と横に並ぶような形で、最も古いパイプ椅子に腰かけた。
浅川は、なんでわざわざ隣にくるんだという表情をしていた。なぜかといえば、向かい合って座ると、彼女からの視線に良くも悪くも耐えられないからだった。
しばらく静かな時間が続いた。そのとき、僕が何を考えていたかといえば、浅川がここにいる理由だ。それで頭がいっぱいだった。
僕は何とか思考を整理し終えてから、浅川にぶつけてみることにした。
「理由なんかないんじゃないか? 浅川はやりたいことなさそうだからな、帰宅部をエンジョイしていたら、ギャル先生とかに、強制的にこの部屋に連行されたクチだろ」
みるからに不快そうに僕の目を見てきた。
「勝手に私を決めつけないでほしいわね」
不快なのはこっちのほうだ。昨日からのわけのわからなさに振り回されて、僕の心はだいぶかき乱されているんだ。その原因は、浅川にある。僕はそう思いたかった。
だから、すこし険しい口調になって、
「だったら理由を言えばいいじゃないか。別に言ったって減るもんじゃないし」
僕がそう言うと、浅川はすこし考え込み、やがて言うのだ。
「じゃあ、実は、帰宅部の活動中にギャル先生に捕まって連れてこられたのよ」
だいたい僕の予想した通りじゃないか。言い当てられて悔しかったから反発したのかな。
「それより大道くん」
「なんだよ浅川」
僕が返すと、むっとした。
「呼び捨てにされるのって、あまり気分よくない」
「じゃあ、めぐる?」
「最悪。もっとひどくなった。大道くんて、ひねくれた人だったのね。心配だわ」
「心配って何が」
「昨日、一年生が一人、ここに来なかった?」
「丘野下きらりちゃんのことか」
「幼馴染なんだよね」
「え」
浅川ときらりちゃんにそんな関係があったとは。
「された?」と浅川。
「何を?」と僕が返す。
「告白」
「えっ、ああぁ……」
「それどういう反応よ。付き合うことになったんでしょ」
「つ、付き合う?」
「違うの? きらりから、嬉しそうなスタンプが来たけど」
「いやそれがその……」
「なに?」
「はっきりとは、答えられなくて」
「別に好きな子でもいるの?」
「いや、気になる人が」
「誰?」
「ええっと……」
浅川めぐるは、はっきりしない僕の態度を見て、かなり不快に思ったようだった。
机を叩きながら立ち上がり、僕を見下ろした。
「あの子を不幸にしたら、私が黙っちゃいないから」
「浅川は、あの子を不幸にしてもしなくても僕に黙っちゃいない気がするなぁ。僕のこと嫌いっぽいし」
「嫌いになるほど、好きでもないから」
厳しい言葉ばかりを浴びせられた。それなのに、僕はどういうわけか、頬が持ち上がりそうだった。
時計の秒針の音が大きくきこえてきて、壁に掛けられた時計を見たとき、浅川は僕が次に発する言葉に先回りした。
「きらりなら、すぐ来る」
浅川はそう言って、キャスターつきの椅子に座り直した。
きらりちゃんは来なかった。




