第二話 丘野下きらりの告白
放課後になってすぐに、僕は部室棟に向かった。
同好会があるのだ。
一年の春、色んな部活に熱心に誘われて参加してみたものの、決め手を欠いてどこにも正式入部しなかった。そんな僕をみて、当時担任だったギャル先生が「うちに入ればいいよ~」と軽いノリで届けを書かせたのが事の始まりである。
露出の多い小麦色のギャル先生を近くで見る機会が増える。男子中学生にとって、そんなに価値のあるものはない。そんな風に一年生の僕は思っていたのだけれど、今になって思えば、間違いでしかなかった。
なにせ、ギャル先生が来ないからな。
というよりも、僕一人しかまともに活動していないんじゃないかと思う。
この同好会でまともに活動ってのは何なのかと問われたら、返す言葉に困るけれども。
部室棟の一室に着くと、僕はいつもの活動に着手した。まずは一つだけ置かれた長机に向かって、備品のノートパソコンに、スマホに記憶させた情報を移していく。
まちあるき同好会の主な活動内容は、散歩と撮影と記録である。
まちを散歩して肌で世界を感じ、撮影によってその空気を切り取り、記録を行って振り返る。これを繰り返していくなかで、数々の発見を行い、世界の解像度を上げたり下げたりする。なんて格好つけて言ってみたけど、要はこういうことだ。
歩いて、撮って、あとで眺める。
あの日、ギャル先生は言った。「よーするに、おさんぽ部だよ」と。
まず部じゃなくて同好会な。なんて、過去のギャル先生にツッコミを入れてみたりして、一人で虚しさをかみしめていたら、不意に、部屋の扉が開いた。
その時、僕はなぜか浅川めぐるが目を伏せながら入ってくる幻を見たのだった。
実際は違った。髪を茶色く染めた女の子だった。
丘野下燈。
にこにこの笑顔が印象的な、元気でかわいらしい後輩である。
「大道先輩、こんにちは!」
はじけるような笑顔で挨拶してくれて、あらゆる悩みが吹き飛んでしまいそうだと思った。
「久しぶり、丘野下きらりさん」
「わあ、おぼえててくれたんですね」
「ちょっと待ってね。椅子を出すから」
「おかまいなく。たぶん、すぐに帰りますから」
僕はその言葉を聞き流しながら、部屋の隅から埃かぶったパイプ椅子を引っ張り出し、長机のむこう、僕の向かいに置いた。丘野下は、それには座らず、綺麗とはいいがたい床に鞄を置いた。
丘野下は、部屋をぐるりと見まわした。
本棚、窓、積み上げられた段ボール。埃がたかっていて掃除が行き届いていないところを見られた。彼女が来るとわかっていたら、もっとちゃんと掃除しておきたかった。
丘野下は、何度か室内のホコリっぽい空気を使って深呼吸を繰り返してから、言った。
「先輩、大道あゆむ先輩、あたしと付き合ってもらえませんか?」
何を言われたのか、一瞬では理解できなかった。だいぶ遅れて、意味がわかった。
丘野下きらりの目は澄んでいる。まっすぐな意志がこもっている。本気の目をしている。
きらりちゃんは可愛い。きらりちゃんを悪く言う人を僕は見たことがない。彼女の周りにはいつだって人が集まっていて、何で『まちあるき同好会』なんかに籍を置いてるのか七不思議のひとつ扱いされていたほどだ。よくそういう問い合わせがきていたものだ。
そんな、みんなが憧れるような可憐な女の子から、僕は今、告白をされたのだ。
でも――。
「なんで?」
混乱まじりの僕の問いに、丘野下きらりは少し笑い、それから、
「先輩は、誰かの事を好きになったことがありますか?」
「いいや」
「あたしのこと、好きになってみませんか?」
生まれてきて十四年。こんなに積極的に、好意を伝えられたことは無かったし、伝えたこともなかった。
心に何か動くものを感じているけれど、それをどう言い表していいやらわからない。
たぶん、ライクなのかラブなのか、それとも勘違いなのか、判断がつかないでいたのだろう。
丘野下は、待ってくれていた。
僕が返す言葉や行動を、椅子に座ることもなく、じっと見つめていた。
僕は僕の感情がわからなかったけれど、ただ一つ、こわいということだけはわかった。
丘野下きらりのアプローチは、とりあえず付き合ってみない? という軽い提案なのだろうけど、僕はどうにもそれを正しく処理できそうになかった。
こんがらがった頭のままで、僕の口から出てきたのは、
「これから、ほ、放課後に、この部屋に来てもらえたら……なんて」
あいまいな僕はあまりにも煮え切らないことに、そんな言葉を返したのだった。
「……そうする」
言って、ふっと笑った。僕の言葉に返すのに相応しい、とてもあいまいな笑顔に見えた。




