第十九話 部屋のお掃除
夏休み中に、三人が揃う奇跡の日があった。
奇跡とはいっても、たまたま浅川が来ていて、そこに僕が来て、浅川がきらりちゃんを呼び出しただけなんだけども。
活動内容は、珍しいことに浅川からの提案だった。
同好会室の掃除である。
僕が来る前に、この室内に働きアリが発生して、せっせと行列をなしていたのだという。
浅川は愕然としたのだという。
そこで、職員室から掃除機を借りてきて、バケツに水を張って、雑巾をしぼり、隅から隅まで掃除をはじめたのだ。
率先して動く姿は、なんとなく新鮮味があった。
僕が浅川の手伝いをさせられている時、きらりちゃんが元気に入って来た。
「あゆむ先輩! おひさしぶりです!」
僕が体育館で浅川を抱きかかえているのを目撃して以来だったが、いつもと変わらない、元気な姿を見せてくれた。
僕と浅川がああなっていたことを蒸し返すことはなく、かわりに、
「これ、みんなで食べる分のおみやげです!」
と言って、紙袋を手渡してきた。中には、大きめの紙箱が入っていた。
「家族旅行で、北海道に行ってたんですよ」
「いいなあ、北海道か。涼しかった?」
僕がたずねると、きらりちゃんは僕との会話がうれしいのか、にこにこ笑いながら、
「夜は冷えましたね。昼間は、北の方なのに暑かったです。でもね、先輩! それ以上に、何を食べてもおいしかったんですよ!」
ころころと表情が変わる丘野下きらりちゃんを見ていると、とても楽しい気分になる。僕は会話を続けた。
「何が一番だった?」
「お寿司!」
「好きなんだ。お寿司。うまいよね。北海道」
「そうなんです。どこで何を食べても美味しくて、先輩とも行きたいなぁ」
僕は、軽く頷いた。
「お土産が楽しみだ。あけていい?」
「もちろんです!」
僕は、かつての指定席であるキャスター付きの椅子に座り、きらりちゃんからもらった包みを丁寧にあけた。
サブレだ。さっそく開けて齧ってみる。サクサクしている。それでいて、牛乳の豊かな香りが閉じ込められていて、食べるたびにそれがだんだんと広がって満たされていく。一度食べ出すと止まらなさそうな、とても危険なお菓子だった。
食べるたびにぼろぼろと食べかすがこぼれて、雑巾がけ中の浅川を刺激するという意味でもとても危険だ。
きらりちゃんのお土産はサブレだけではなかった。
「生チョコです。これは、あゆむ先輩にだけですよ。とろけるような、あまーい関係を築きましょうね!」
僕が生返事をしようとした時であった。
ばさりと、写真ファイルが落ちた。本棚の整理に取り掛かった浅川が、誤って落としたようだ。
「ごめんなさいね。どうぞ続けて」
「あまーい関係を築きましょうね!」ときらりちゃん。
リピートして本当に続けようとするやつがあるか。
さすがにこれは返事をしないほうがいいと判断した僕は、散らばった写真を集める浅川を手伝うことにした。
ふと顔を上げると、浅川が、一枚の写真を手に取って見つめていた。
「これ、どこかで」
僕は、「どれどれ」と言いながら、浅川から渡された写真を見ると、一人の女性が映っていた。
黒髪のおかっぱで、猫背で、無表情で、うつむいて、何のポーズもとらずに、ただパイプ椅子に座っているだけ。かといって証明写真というわけではないのは明らかだった。背景に、『おさんぽ部新入生歓迎会』と書かれた大きな紙が黒板に貼ってあったからだ。
同じファイルにあった他の写真がテンション高めで、複数で映っているものが多いのに、この写真だけ、やたら暗い。
ただ、その暗さ以外にも引っかかる点があった。
「誰かに似てるな」
それが誰なのかわからない。
僕と浅川は、二人して難しそうな顔をしていたと思う。
その重たい空気を破ってくれたのは、やはり、きらりちゃんだった。
「ギャル先生」
ぽつりとひとこと、そう言ったのだった。




