第十五話 静かな家で
僕は浅川を背負った。とてもおとなしかった。身じろぎひとつしなかった。
相変わらず、携帯の震える音が続いていて、それは怖ろしくなったけれど、それでも僕は浅川の家に行かねばならない。無事に送り届け、足首が何ともないことを確認して安心しないといけない。
僕の背中の汗が気持ち悪くないだろうか。いくら浅川がやわらかくて、清潔な良い匂いがするからといって、そう簡単に中和できるものでもない。
浅川の家は、とても大きかった。リビングとは別に六つくらい部屋があるんじゃないかというくらいで、緑の豊かな庭も広かった。インターホンを押したが、耳もとで無駄よと言われた。
「なんで」
「いつも遅いから」
多忙で、帰らない日のほうが多いのだという。
「こんな広い家に、一人でいるのか」
浅川は答えず、ポケットから鍵を取り出して、僕の顔の前に差し出した。
「おじゃましまーす」
小声で言いながら入ると、
「忍び込むみたいな入り方、やめてよね」
と、至極まっとうなことを言われた。確かにそうだ。僕が悪い。
暗い玄関は、閑散としていた。
とてもきれいだった。でも、誰の匂いもしないような、生活感が感じられない空間だった。
「奥に行って。ソファがあるから」
僕は浅川の言う通り、彼女を薄暗いリビングのソファに乗せた。
テーブルの椅子に座るよう視線で促されたので、曲線がおしゃれに組み合わさった木の椅子をもってきて、彼女の近くに座った。
隣の部屋の棚から湿布を持ってくるように頼まれて、戻ったとき、椅子がちょっと遠ざけられていることに気付いて、僕はもう少しだけ椅子を離してから、そこに座った。
湿布を貼るのを手伝おうとしたら、自分でやるからいいと言われた。
浅川は靴下を脱いだ。
脱ぐ音がよく響くくらい静かだった。
この部屋にはアナログの時計がないから、秒針の音はきこえない。かわりに、遠くの小鳥の鳴き声だとか、自分の心臓の音だとか、そういうのが妙に大きくきこえた。
どれくらいだろう。黙ったままの時間が流れた。不思議と、居心地が悪くない。
電気もつけずに、僕らはずっと、二人きりでリビングにいた。
先に声を出したのは、浅川だった。
「大道くん」
「なんだよ」
「する?」
「な、何を?」
「ゲーム」
「なんだゲームか」
ふふふと浅川は笑った。
「何を想像したのかな、大道あゆむくんは」
「べつに。なにも」
ひどいやつだ。決して手を出されないとわかって、僕をからかって遊んでいる。
同級生なのに何でもできるし、僕よりもずっと大人だ。それでいて、学校でも家でも孤独に近い浅川のことを、僕は放っておけないんだ。
「浅川」
「なに」
「するか?」
「おさんぽ部の活動を、でしょ?」
彼女は勝ち誇ったような笑顔を見せた。
完全に読まれていた。また僕の負け。降参だ。
「ああ。このカメラの中身、印刷できるかな」
「機械は、ごめん、ちょっと、わかんない」
「浅川にも、できないことがあるんだな」
「人を何だと思ってるのよ」
ちょっと怒った顔を見るのも、うれしく思えた。




