第十二話 ラブレター事件(3)
浅川は驚いたまま固まって、何も言わなかった。
きらりちゃんは、勢いよく僕から距離をとった。
しばらく居心地の悪い静かな時間が続いて、僕が口を開こうとした時、それを感じ取ってか、浅川は場を制するように言うのだ。
「このことは、黙っておいてあげる」
「ああ」と僕は答えた。
丘野下きらりが、「ごめんなさい。もうしないから」と言って、嫌な空気になりかけたとき、珍しい来客が、その雰囲気をかき消した。
「おひさ~」
ギャル先生だった。
「今日は、何の活動をしているのかなと思って、きてみたよ~。みんなに会いたい気分だったんだ~」
僕は手紙を隠そうとした。
けれども、あえなく見つかった。
「隠すことないじゃん。ラブレターでしょ? 誰が出したのか、ちゃんと考えたほうがいいよ。なけなしの勇気を振り絞ったかもしんないし。いやぁ、懐かしいなぁ。先生にもあったよ、そういう青春」
僕は、「先生、モテそうですもんね」と社交辞令を唱えた。
「え~、そう見える~?」
先生が満開の笑顔で言ったとき、浅川は無表情で会話に割り込んだ。
「先生、もう用は済んだはずです。さっさと職員室に戻ったらどうですか?」
「えー、先生にも青春させてほしいなぁ。するんでしょ? 犯人さがし」
甘ったるい声を出したギャル先生だった。
浅川は特大の溜息を吐いてから、こう言った。
「ごめん。私が入れた」
「え?」
僕の口から、混乱が漏れ出た。本当に僕のことを好きだったというのか。いや考えにくい。でも僕のことが好きじゃないんだとしたら、何のために。
浅川は言う。
「きらりじゃない女になびくかどうか試すためにね。ごめんね。おちょくっちゃって」
薄汚い策士がいた。
きらりちゃんも、この供述には不満を抱いたようだった。
「さすがにひどいですよ先輩。ラブレターを使う必要ないじゃないですか」
「……きらりにそんな風に言われると思わなかった」
「だって」
浅川は、その後、ずっと機嫌が悪かった。ギャル先生だけは、満足げに去っていった。
翌朝、通学路で僕は考え込んでいた。
よく考えてみたら、きらりちゃんとのキス未遂のとき、浅川の態度に違和感があった。あの状況なら、僕がもっと責められるべきだったんじゃないか。浅川の位置からだったら、僕が覆いかぶさって、無理矢理に迫っているように見えるものじゃないか。
そこで僕は、ホームルーム前に彼女をしだれ桜の下に連れてきた。
「何よ。大道くん。昨日のことなら、もう謝ったんだからいいでしょ」
あまり悪びれる様子がないのが気にならなくもないが、それよりも僕は、彼女が僕をどう思っているのか気になっていた。
しばらく緑の葉が茂るしだれ桜を見上げていたが、やがて意を決して、単刀直入にたずねてみた。
「浅川って、もしかして僕のこと好きなの?」
「そんなわけないでしょう」
かぶせ気味の即答が返ってきた。
少しだけ顔が赤く見えたのは、裏庭の緑を長く見てしまったからだろうか。




