第十一話 ラブレター事件(2)
放課後になるまで、浅川に怪しい様子はなかった。
むしろ、僕が浅川をみつめていることに、クラスメイトから「何かあった?」と言われるくらいに怪しまれたりはしたけれど。
もしも、浅川が僕の下駄箱ロッカーに手紙を入れたのだとしたら、それは何を意味するのだろう。
浅川は、僕のことが好きなのだろうか。いや、そんな、まさかな。
こういう差出人不明のラブレターなんてのは、たいていが悪戯とか罰ゲームとかだ。あと考えられるのは、いじめや嫌がらせの類か。
あまり恨みを買うようなことはしてきていないけれど、身に覚えがなくても恨まれることはある。
たとえば、きらりちゃんは非常にモテる。なぜ僕に好意を寄せているのか謎なくらいに人気だ。そんなきらりちゃんのことを好きな誰かが、僕を揺さぶろうとしているとしたらどうだ。僕がラブレターのことを気にしたら、浮気だと騒ぎ立てるみたいな、そんな薄汚い策を考えるやつがいるかもしれない。
僕が同好会の部屋に入ると、そこには、すでに浅川ときらりちゃんがいた。
「今日、様子が変だけど、どうしたの?」
浅川は挨拶がわりにそう言って、不審そうに僕を見ていた。
こういう場合、さっさと答えたほうが楽になれるものだ。僕はポケットから手紙を取り出した。
「下駄箱に入ってたんだ。差出人不明でね」
浅川は、なるほどとうなずいた。
きらりちゃんは、「先輩すっごー。モテるんだね!」と言って笑ったのだが、直後に、焦りと不安を帯びた口調で、
「でも、大道先輩には、あたしがいるから、断るんだよね?」
「断るもなにも、この手紙には付き合ってとも書いてないし、差出人の名前もない。それと、きらりちゃんがいるっていうのは、その、まだちょっと……」
「ひどいです。あたしのこと、まだ好きになってくれないんですか?」
僕はどう返したらいいものかと考え込んだが、考えたって答えなんて出ない。
潔く、話をそらすことにした。
「監視カメラの映像とかを見れば、誰が入れたかわかるかもしれない。な、浅川」
浅川は即答する。
「無駄ね。そんな証拠を残すような犯人じゃない。監視カメラの電源なんて、オフられてる」
そして浅川は、何を思ったか扉に手をかけた。
その時、僕の脳裏には、浅川が監視カメラの電源スイッチを操作している映像が思い浮かんだ。証拠を隠滅する気なのかもしれない。
「待てよ、浅川」
僕は彼女を追いかけようとした。
けれども、彼女の動きは一歩も二歩も速かった。扉を勢いよく閉じて、僕を一歩退かせた。
それでも再び追いかけようとした時に、僕の背中に、とても温かい感触があった。
女の子の細い腕が目の前を通過して、直後、身体を締め付けられた。
丘野下きらりが、僕を後ろから抱きしめていた。
動けない。今日はずっと浅川のことを視界にいれておこうと決めていたのに、これではできない。
いや、そんなことを考えている場合でもない。
僕は、今、女の子に、抱きつかれている。
「あたしをみて!」
きらりちゃんはそう言って、抱きしめる腕の力を強めた。
甘く、さわやかな彼女の香りが漂ってくる。
そのまま、どれくらいの時間が流れただろう。
時計の音が、ひどく大きくきこえる。
不意に、きらりちゃんが、後ろ向きに倒れこみながら、僕のシャツの裾を引っ張って、僕をうつぶせに引き倒した。
僕は四つん這いになり、きらりちゃんに覆いかぶさる形になった。
背中に、彼女の腕が回る。
胸と胸が今にも触れそうだ。
心臓が弾む音がするけれど、僕のか彼女の心音かわからない。
「あゆむ先輩、キス、したことあります?」
「えっ、あの……」
思わず小声になってしまうくらいに、彼女の顔はすぐ近くにあった。
きらりちゃんに引っ張られて、さらに接近する。
抵抗できない。
少しだけ突き出された彼女の唇が、僕の唇に、近づく――。
ゆっくりと、ドアが開く音がした。
「ぁ、浅川……」
浅川めぐるは、驚いた顔で立ち尽くしていた。




