第20夜:デジタルサイネージ
ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』でございます。
……ふふ。
どうかそんなに身構えないでください。
私の芸名は確かに少々、不吉な響きがいたしますが、中身はただの『佐藤 留吉』
どこにでもいる、腰の曲がった隠居老人のような名前でしょう?
かつて特殊清掃の現場で、孤独に旅立った方の遺品を片付けていた頃は、この平凡な本名が唯一の救いだったものですが……。
今となっては、どちらの名前が本当の自分なのか、自分でも時折、霧の中にいるような心地がするのですよ。
さて、本日は「デジタルサイネージ」にまつわるお話をひとつ……。
都会の街角には、あちこちに液晶画面が溢れていますでしょう?
綺麗な広告や、ニュース、あるいは「行方不明者の捜索願い」なんかが、色鮮やかに映し出されていますねぇ。
これは、ある会社員の男性、加藤さん(仮名)が体験した出来事なのだそうです。
加藤さんはその日、残業を終えて深夜の駅前を歩いていました。
ふと、街頭の大きなデジタルビジョンに目を向けると、そこには「重要指名手配」という物々しい文字が躍っていたそうです。
ああ、また物騒な世の中だ……。
そう思って通り過ぎようとした瞬間、加藤さんは、その指名手配の「顔写真」に目を奪われました。
そこに映っていたのは、たった数分前、駅のトイレで手を洗ってる最中、目の前にある鏡に映った自分自身の顔そのものだったのだそうです。
しかも、今着けているネクタイの曲がり具合まで、寸分違わず再現されていたとか。
まるで、誰かが直前まで背後から自分を撮影していたかのような、そんな生々しい写真だったのだそうです。
「……え?」
加藤さんが立ち尽くしていると、周囲の空気が一変しました。
深夜だというのに、どこからともなく人々が湧き出してきた。
それも、全員が手に持ったスマートフォンを、一斉に加藤さんの方へ向けていたのだそうです。
カシャッ、カシャッ、と。
無機質なシャッター音が重なり、まるでストロボを浴びせられているような感覚だったとか。
そして人々は、表情一つ変えずに、異口同音にこう呟いたそうです。
「……見つけた」
「……いた」
「……確保」
彼らの瞳には、加藤さんの姿は映っておらず、ただスマートフォンの画面越しに、彼を「獲物」として認識しているようだった……と。
加藤さんは恐怖に駆られ、逃げ出しました。
しかし、どこまで逃げても、街中のビジョンには自分の居場所がリアルタイムで放送され続けていたのだそうです。
「加藤容疑者、現在、公園南側の路地を逃走中」
そんな無機質な合成音声が、夜の街に響き渡る。
彼は必死に自宅のマンションに駆け込み、鍵をかけ、クローゼットの中に身を潜めたそうです。
ようやく一息ついたその時、ポケットの中でスマホが震えました。
通知画面には、警察からの着信通知でもニュースサイトでもなく、見知らぬSNSアプリからのメッセージが表示されていたのだそうです。
『鬼ごっこは終了しました。ご褒美に、あなたの「一番綺麗な状態」を保存しに行きますね』
……その瞬間、玄関の鍵がゆっくりと、外から回る音が聞こえてきたのだそうです。
まるで、最初からスペアキーを持っていたかのように、滑らかに──。
……ふふ。
加藤さんがその後どうなったか、ですか?
それは、私の知るところではありません。
ただ、私が以前勤めていた現場で、クローゼットの中から「とても綺麗に」清掃された遺体を見かけたことがありましてねぇ。
死後数日経っているはずなのに、腐敗一つせず、まるで人形のように静かに。
あれは、どなたかの愛する「死体」だったのでしょうか。
……ところで。
先ほどから、あなたのスマートフォンのインカメラ。
時々、勝手に光っているように見えますが……気のせいでしょうかねぇ。
誰かが向こう側で、あなたの「一番綺麗な瞬間」を、じっと見定めているのかもしれませんよ。
それでは、どうぞお気をつけて。
静かな夜を。
加藤さんがその後どうなったか、ですか?
それは、私の知るところではありません。
ただ、私が以前勤めていた現場で、クローゼットの中から「とても綺麗に」清掃された遺体を見かけたことがありましてねぇ。
死後数日経っているはずなのに、腐敗一つせず、まるで人形のように静かに。
あれは、どなたかの愛する「死体」だったのでしょうか。
……ところで。
先ほどから、あなたのスマートフォンのインカメラ。
時々、勝手に光っているように見えますが……気のせいでしょうかねぇ。
誰かが向こう側で、あなたの「一番綺麗な瞬間」を、じっと見定めているのかもしれませんよ。
それでは、どうぞお気をつけて。
静かな夜を。




