第19夜:捨テ活
ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』です。
……ふふ。そんなに身構えないでください。 名前こそおどろおどろしいですが、中身は『佐藤 留吉』なんていう、古臭い実印のような名前の男ですよ。
あまりに名前に華がないもので、昔、特殊清掃の現場で働いていた頃は、遺品整理の最中に死者から「地味な名前だねえ」と枕元で苦笑いされたこともあるくらいでしてね。
ええ、死者の持ち物を整理するというのは、その人の人生を「捨てる」手伝いをするということ。
ですが最近は、生きながらにして自分の人生を捨てたがる方が多いようで……。
今日は、そんな「捨て活」にのめり込んだ小林さん(仮名)のお話をしましょうかね。
小林さんは、どこにでもいる平凡な会社員でした。
仕事のストレス、重なる借金、冷え切った夫婦仲。
そんな彼がスマホで見つけたのが、謎のアプリ『捨テ活』だったそうです。
このアプリの恐ろしいところは、「形のないもの」まで出品できることでした。
小林さんは最初、冗談で『今抱えている借金の苦しみ』を出品したそうです。
するとどうでしょう。
翌日、親戚から予期せぬ遺産相続の連絡があり、借金が完済してしまったそうです。
「これは本物だ」
味を占めた小林さんは、次に『仕事のストレス』を出品しました。
すると、あんなに口うるさかった上司が急病で長期休暇に入り、職場は天国のような環境に変わったそうです。
小林さんは有頂天になり、次々と自分の「不要なもの」を出品していきました。
『不仲な妻との口論』
『深夜の不眠』
『過去の恥ずかしい失敗』……。
ですが、彼が「身軽」になればなるほど、奇妙な現象が起き始めました。
最初の違和感は、コンビニでのことだったそうです。
レジの前に立っているのに、店員がいつまでもスマホをいじったまま、彼に気づかないのだとか。
「すみません」と声をかけても、まるで風の音でも聞いたかのような反応しか示さない……。
そのまま持ち帰るわけにもいかず、結局、彼は商品を置いたまま店を出るしかなかったそうです。
その数日後、今度は「物理的」に無視され始めました。
会社のビルの自動ドアが、彼が目の前に立っても反応しなくなったのです。
何度も足踏みをし、手を振っても、センサーは無情に彼を無視し続ける。
仕方なく、他の社員が通るのを待って、その背後に隠れるようにして中に入るしかありませんでした。
「なんだか、自分の輪郭がぼやけているみたいだ……」
そう感じた小林さんが、不安になって家へ帰った時のことです。
リビングでテレビを見ていた妻に声をかけました。
「ただいま、おーい」
しかし、妻はピクリともしません。
それどころか、小林さんが座ろうとしたソファに、彼女は洗濯物をバサリと投げ置いたのです。
まるで、そこに夫がいることなど、露ほども思っていないかのように。
小林さんは震える手でアプリを開きました。
すると、通知センターに身の毛もよだつメッセージが届いていたそうです。
『おめでとうございます。あなたの「存在感」が落札されました』
見れば、彼が「不要な人間関係」や「社会的な重荷」を捨て続けた結果、それらを保持するための「器」である彼自身の存在そのものが、アプリによって「不用品」と判断されてしまったのです。
小林さんは必死にキャンセルボタンを探しましたが、画面にはただ一言。
『商品の発送準備が整いました。集荷に伺います』
その瞬間、部屋のチャイムが鳴ったそうです。
ですが、妻は立ち上がりませんでした。
彼女には、その音が聞こえていないようでした。
小林さんが震えながら玄関を開けると、そこには誰もいませんでした。
ただ、空っぽの大きな「段ボール箱」が一つ、置かれていたそうです。
そして、彼の体は足元からゆっくりと、砂のように崩れて……。
……ええ。
小林さんの奥さんは、今でもその家で一人で暮らしているそうですよ。
警察には「夫が急にいなくなった」と届け出たそうですが、不思議なことに、家の中には彼の服も、写真も、歯ブラシ一本すら残っていなかったとか。
まるで、最初から「小林さん」なんて人間は、この世に存在していなかったかのように……。
……ふふ。
さて。
あなたのスマートフォンにも、入っていませんか?
「なんでも引き取ります」なんていう、親切なアプリ。
もし最近、レジで店員さんと目が合わなくなったり、夜道で自分の影が薄いと感じたりしたら……。
それはもう、あなたの「存在」のどこかが、誰かに落札された後かもしれませんよ。
お気をつけて。
それでは、また。




