第18夜:理想の相手
ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』です。
……ふふ、またそんな怯えた顔をして。私の名前がそんなに怖いですか?
ええ、わかっていますよ。戸籍上の名前は『佐藤 留吉』。まるで田舎の古い長屋に住む、孤独死の予備軍のような名前ですものね。
今の世の中、洒落たハンドルネームで化かさないと、誰も見向きもしてくれませんから. 私だって、元妻たちを説得するのに、どれだけ必死だったことか……まあ、彼女たちは全員、一年前後で私の前から「いなくなって」しまったのですがねぇ。
さて、今日は「マッチングアプリ」のお話を。
今の時代、指先ひとつで孤独を埋められる。素晴らしいことだと思いますよ。
もし、死者と繋がれるアプリがあるのなら、私も全財産を叩いてインストールするでしょうがねぇ。
ある女性、三木さん(仮名)のお話です。
三木さんは、長年付き合った彼氏に振られ、傷心の中で流行りのマッチングアプリを入れました。
彼女の条件は単純。清潔感があって、連絡がマメで、何より「自分だけを特別扱いしてくれる人」
そんな彼女の前に現れたのが『タカシ』という男性でした。
彼は完璧でした。
仕事の愚痴を言えば共感してくれ、朝には「おはよう」と、夜には「明日も頑張ろう」と、決まった時間に必ずメッセージをくれる。
ただ一つだけ、妙な点がありました。
彼が送ってくる自撮り写真。
どれも少しだけノイズの混じった古い画質で、そして決まって背景には、古びたタンスや使い古された布団が写っているんです。
それも、今どきのミニマリズムとは無縁な――昭和の終わりから平成の初め頃、かつてのバブルの残り香を感じさせるような、少しだけ装飾が過剰で、それでいてひどく生活感の抜けた、色あせた調度品ばかりでした。
三木さんが「どこで撮ってるの?」と聞くと、タカシはいつも「仕事場だよ。亡くなった人の思いを、引き継ぐ場所さ」と答えたそうです。
三木さんは、彼は遺品整理か何かの専門職なのだろうと、勝手に納得していました。
彼とのやり取りは三ヶ月続き、ついに二人は会う約束をしました。
場所は、駅前の静かな喫茶店。
当日、三木さんは早めに到着し、期待と不安を抱えて店内で待ちました。
しかし、約束の時間を過ぎても、タカシは現れません。
代わりに、アプリの通知音が鳴りました。
『着いたよ。君のすぐ後ろの席に』
三木さんがハッとして振り返ろうとした、その瞬間です。
上下から伸びてきた白く筋張って冷たそうな指先が、三木さんの顎と後頭部を、万力のような力で掴みました。
「……っ!?」
声も出せぬまま、ギリギリ……と、関節が悲鳴をあげるような速度で、三木さんの首は無理やり真後ろへと捻じ曲げられました。
そこには誰もおらず、ただ誰も座っていない椅子が一つだけ置かれています。
そして、その椅子の上には、塗装の剥げた、旧世代の「二つ折りの携帯電話」が一つ、ポツンと置かれていたんです。
不審というより、もはや絶望に近い恐怖に身を竦ませながらも、三木さんの視線は、その開かれた端末の液晶に釘付けにされました。
そこにはなぜか最新のマッチングアプリのチャット画面が表示されており、今まさに「新しいメッセージ」が打ち込まれていくのが見えました。
『ああ、ようやく君と一つになれる。僕の隣、空いているから座ってくれないかな』
その文字を読み終えた瞬間、三木さんは心臓を冷たい氷で撫でられたような衝撃に襲われました。
頭頂部を上から強引に押さえつけられ、顎には強い圧力がかかり全身が鉛のように硬直して、指一本すら動かすことができません。
至近距離から、腐敗した土の匂いと生ぬるい「吐息」が目に、鼻に、顔中にねっとりと絡みついたかと思うと、万力のような力で固定されていた三木さんの頭を、胴体から強引に引き抜こうとするかのような凄ましじい力が加わりました。
『……さあ、こっちへおいで……』
聞こえたというよりは直に感じた、この世のものとは思えない、掠れた声でした。
抵抗する間もなく、首の骨が軋む音を立てながら、三木さんの身体は椅子から強引に引き剥がされ、背後の「空席」へとズルズルと引きずられていきます。床と靴が擦れる不快な音だけが、静まり返った喫茶店に響き渡りました。
その直後、手元にある携帯のロック画面が勝手に点灯しました。
そこに映っていたのは、三木さんが今日、出かける前に自宅の鏡の前で撮ったはずの、自分自身の写真でした。
ただし、三木さんの頭と顎には、青白い筋張った手が、今まさに首を引き抜こうとするかのように食い込んでいたのです。
……ふふ。
さて、あなたのスマートフォン。
ロック画面には、あなたの写真が設定されていますか?
ふとした拍子に画面が暗くなったとき、そこに映るはずのない誰かが、あなたの背後に立っていないか……一度、確認してみた方がいいかもしれませんね。
それでは、良い夜を。




