第15夜:顔交換
ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』です。
……ふふ、そんなに冷たい視線を向けないでください。
私のこの痩せぎすな体が、まるで死に装束のモデルのようで不気味ですか?
これでも本名は『佐藤 留吉』。
近所の公園で鳩に豆でもやっていそうな、どこにでもいる平和な名前でしょう?
まあ、私のバツ4という経歴や、元妻たちの「その後」を知る方々からは、名前だけでは隠しきれない業が漏れ出ていると言われますがねぇ……。
さて、最初からやり直しましょう。
大友さんのような「嘘」に生きた人間には、もっと救いのない、物理的な絶望が相応しい。
彼らが何気なく使っている「スマホのレンズ」が、実はあちら側とこちら側を繋ぐ「入り口」だとしたら……。
大友さん(仮名)は、最新の技術を「ヤラセ」に転用する天才でした。
今回、彼が用意したのは、独自の改良を加えた「顔交換アプリ」です。
通常のアプリは人の顔同士を入れ替えますが、彼のアプリは「何もない空間」を顔として強制認識させ、そこに保存したおぞましい遺体の画像を合成する機能がありました。
「おい、映ってるか? 今、この背後の闇……誰かいるみたいだぞ」
大友さんは、誰もいない廃校の教室で、スマホのインカメラを自分に向けます。
機材車で待機する仲間さん(仮名)が、配信の数値を読み上げます。
「大友さん、コメント欄が荒れてるぞ! 『顔認識の四角い枠』が、あんたの真後ろに出てるって!」
大友さんは内心でほくそ笑みました。
すべては彼の仕込み。アプリが何もない空間を「顔」として検知するようにプログラムしてあったのですから。
「……よし、じゃあ……こいつと『顔』を入れ替えてみるか」
大友さんが画面上の「交換ボタン」をタップした瞬間。
配信画面の中で、大友さんの顔と、背後の「虚無」が入れ替わりました。
画面の中の大友さんの顔は、ドロドロに腐敗した、あの「仕込みの画像」に。
それほどまでに精巧な「嘘」のはずでした。
しかし、背後の虚無の場所には、健康的な「大友さんの顔」が表示されました。
「うわあああ! なんだこれ! 気持ち悪いな!」
大友さんは、迫真の演技で叫びます。
視聴者の熱狂は最高潮。投げ銭の通知が止まりません。
「……大友さん、十分だ。……顔を戻してくれ。大友さん、もういいって…」
仲間さんの声が、インカム越しに震えています。
「……おい、大友さん! 聞こえてるのか? 冗談はやめろ、画がキツすぎる。顔認識の枠が、さっきから変なんだ。あんたの顔と、後ろの何かが……重なってるっていうか、食い合ってるみたいに見えるんだよ!」
「分かってるよ、今戻してやる……っ。……あれ? おかしいな。ボタンが反応しない」
大友さんは画面の『戻る』アイコンを指で叩きますが、アプリは無情にも「交換中」の表示のまま固まっています。
「おい、仲間、アプリがフリーズしたみたいだ。そっちで配信切れないか?」
「ダメだ! 操作を受け付けない! ……待て、大友さん、動くな! 画面のあんた……今、瞬きしたか? 本物のあんたは目を開けてるのに、画面の中の『腐った顔』のあんただけ、今、ゆっくり瞬きを……」
「……バカ言うな。そんな機能、入れてねえよ」
「……笑ってる。画面の中のあんたが、笑ってるんだよ! 大友さん、なにか変だ、逃げろ! スマホを捨ててそこから出ろ!!」
大友さんが画面を連打しますが、アプリは反応しません。
それどころか、画面の中の「腐った顔の大友さん」が、自分ではしていない動きを始めたのです。
画面の中の彼は、ゆっくりと口を開け、現実の大友さんが持っているスマホの「レンズ」を、内側から舐め回しました。
ジュルリ。
不快な音が、大友さんの手元のスマホから直接聞こえました。
そして、信じられないことが起きました。
スマホの画面から、ピンク色の「肉の欠片」が、ボトボトと零れ落ちたのです。
「え……何だ、これ……肉?」
大友さんが足元を見ると、そこには生温かく、何とも形容しがたい、得体の知れない肉の塊が散乱していました。
それは人間のものか、あるいは家畜のものか、はたまたこの世に存在せぬナニカの一部なのか……。
ただ一つ確かなのは、それが床の上で微かに脈打っているということだけ。
そして、彼が自分自身の顔に手を触れた時……。
指先が、何の抵抗もなく、顔の「奥」へと沈み込みました。
「あ……あ、ああ……」
鏡を見るまでもありません。
大友さんの顔の皮膚は、今や画面の中の画像と同じように、ズルリと足元へ脱げ落ちていたのです。
痛覚すら遅れてやってくるほどの、あまりにも速い「置換」。
一方で、スマホの画面の中。
背後の「虚無」に貼り付いていた「大友さんの顔」は、今や、生きた人間の赤みを帯び、満足そうに瞬きをしていました。
『……ありがとう。……いい、体ね』
画面の中の「新しい大友」が、艶めかしい声でそう言った瞬間。
現実の大友さんの体は、骨と筋肉が急速に乾燥し、まるで古びた剥製のように硬直しました。
十万人の視聴者が見たのは、
大友さんが、一瞬にして「干からびたゴミ」のように崩れ去り、その代わりに、スマホの画面から「ピカピカの新しい顔」を持った何かが、ヌルリと、教室の闇の中へ這い出していく姿でした。
翌朝、現場に残されていたのは、完全に中身を吸い出された、大友さんの「皮」だけだったそうです。
まるで、蛇が脱皮でもしたかのように。
……ふふ。
さて、あなたが今、そのスマホで自分の顔を映した時。
画面の四隅に、意図しない「四角い枠」が出てきたら……。
どうか、そのまま画面を閉じないでください。
中途半端に通信を切ってしまうと、
「入れ替え」の途中で、あなたの顔が……半分だけ、あちら側に取り残されてしまうかもしれませんからねぇ。
また金曜日の20時にお会いできるといいんですがね…。
それでは、良い夜を……。




