表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元・特殊清掃員の怪談師『忌部 骸』が語る、胃の腑が冷える現代夜話  作者: 一 十


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/16

第14夜:命の引き落とし

ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』です。


……おや、また少し顔色が悪いようですが、私の名前のせいですか?

ふふ、安心してください。戸籍上の名前は『佐藤 留吉』。近所の縁側でお茶を啜っていそうな、実に無害な名前でしょう?


あまりに名前がシブすぎて、怪異のほうが遠慮して寄ってこないくらいでしてね。

まあ、私の周りから人がいなくなるのは、名前のせいだけではないかもしれませんがねぇ……。


さて、今日は「スマホ決済」についてのお話を。


これは、都内のIT企業に勤める、加藤さん(仮名)という男性から聞いたお話です。

加藤さんは大のガジェット好きで、新しい決済アプリが出ればすぐに試すような性格でした。

ある夜、SNSの広告で見慣れないアプリを見つけたんです。


名前は『Karon Payカロン・ペイ


アイコンは、真っ黒な背景に、銀色の硬貨が一つ置かれただけのシンプルなもの。

「今なら、使えば使うほど残高が増える」という、あり得ない謳い文句に惹かれ、彼は軽い気持ちでインストールしました。


翌朝、加藤さんは出勤途中のコンビニで、試しにこのアプリを使ってみることにしました。

五百円ほどの弁当と飲み物をレジに持っていき、スマホをかざす。


「ピロリン」


軽やかな電子音が響き、決済が完了しました。


ふとスマホの画面を見ると、奇妙な通知が届いていました。

『お支払いが完了しました。残高が500円分、「加算」されました』


「……え?」


加藤さんは耳を疑いました。払ったはずなのに、お金が増えている?

クレジットカードの利用履歴を確認しても、未確定の明細すら上がっていません。

一円も、どこからも引き落としされていないのです。

システムのバグか、それとも破格のキャッシュバックキャンペーンか。


味を占めた彼は、その夜、今度はネット通販で高額なゲーミングPCを注文してみました。

価格は三十万円。

支払い方法に『カロン・ペイ』を選択し、確定ボタンを押す。


「ピロリン」


またしても、あの軽快な音が鳴りました。

そして届いた通知には、こう記されていたのです。

『お支払いが完了しました。残高が300,000円分、「加算」されました』


加藤さんは狂喜乱舞しました。

買えば買うほど、手元の資産が増えていく。


それからの彼は、何かに憑りつかれたように買い物を繰り返しました。

コンビニの百円のガムから、高級ブランドのバッグ、最新のスマートフォン。

すべてを『カロン・ペイ』で決済し、彼の「アプリ上の残高」は数千万円にまで膨れ上がりました。


……ですが、一ヶ月が過ぎた頃。

加藤さんは、あることに気づきました。

あれほど買い物をして「得」をしているはずなのに、心が少しも躍らない。

それどころか、あまりにも体が重だるく、朝に目を覚ましても布団から起き上がることすら叶わない。

二十時間近く泥のように眠り続けても、体力の回復どころか、魂を根こそぎ持っていかれたような激しい虚脱感に支配されているというのです。


重力そのものが自分だけに数倍かかっているかのような感覚に耐え、ようやく鏡を覗き込めば、そこには何日も徹夜をしたかのようにひどくやつれ、頬がこけた男がいました。


「……まあ、最近は買い物をしすぎて、興奮で自律神経が乱れているだけだろう」


彼は自分にそう言い聞かせ、またスマホを手に取りました。

欲しいものはもうありませんでしたが、あの「ピロリン」という決済音を聞かなければ、不安でたまらなくなっていたのです。


そんなある夜、彼はふと、アプリの「利用履歴」の奥深くにある、小さな項目を見つけました。

それは、金額の横に添えられた「備考欄」でした。

そこには、今まで彼が決済してきた履歴と共に、こう記されていたのです。


『12月1日 コンビニ決済:500円(代価:3時間)完了』

『12月5日 通販決済:300,000円(代価:4ヶ月)完了』

『12月15日 高級時計決済:1,200,000円(代価:1年2ヶ月)完了』


「……代価?」


加藤さんの指が震え始めました。

彼は慌てて、自分の年齢と、現在の健康状態、その鏡に映る自分の姿を照らし合わせました。


……明らかに、おかしい。


四十代のはずの自分の肌に、老斑ができている。

髪を触れば、ごっそりと白髪が抜け落ちる。


彼はようやく理解しました。

このアプリは「お金」を支払っているのではない。

「残高が増える」というのは、彼の「残された時間」を「お金」という形に換金し、それを前借りで使わせているだけだったのだと。


「嘘だ、解除だ、解約しなきゃ……!」


彼は悲鳴を上げ、設定画面から解約ボタンを探しました。

しかし、どこにもそんな項目はありません。

それどころか、スマホを机に置いたままでも、暗闇の中で画面が勝手に光り始めました。


『ピロリン』

『あなたの「睡眠」の質が、決済されました。代価:10日』

『ピロリン』

『あなたの「歩行能力」の一部が、決済されました。代価:1ヶ月』


加藤さんがアプリを消そうとアイコンを長押ししても、それは画面にこびりついたまま動きません。

スマホを床に叩きつけても、バキバキに割れた画面の奥で、カロンの硬貨が嘲笑うように回転し続けている。


「やめろ……もう何もいらない、金なんていらないんだ!」


彼が叫んだ瞬間、最後の通知が届きました。

それは、彼が先ほど無意識に「便利だから」と登録してしまった、公共料金の自動引き落としの通知でした。


『お支払いが完了しました。……全残高を引き落としたため、これより「存在」の回収に伺います』


それから数日、加藤さんの無断欠勤を不審に思った会社の同僚が、何度も彼の携帯に電話をかけました。

呼び出し音は鳴るものの、一向に繋がらない。

ついにはマンションの管理会社へ連絡が回り、大家が立ち会う形で、警察がその部屋のドアを開けることになったのです。


玄関の鍵が開けられた瞬間、外まで溢れ出してきたのは、冬場だというのに鼻を突くような、枯草が腐ったような妙な臭いでした。


室内で見つかったのは、最新のガジェットに囲まれた、一塊の「灰」のような、干からびた老人の遺体でした。

その手には、本体がくの字に折れ曲がり、画面も粉々に砕けて明らかに壊れているはずなのに、ぼんやりと光り続けるスマートフォンが握られていたそうです。


警察がそのスマホを回収しようとしたその時、砕けた画面から、またあの軽やかな「ピロリン」という音が響きました。

通知画面には、部屋に踏み込んだ大家や警察官たちの驚愕の表情をインカメラで捉えた写真と共に、こう記されていたといいます。


『新規ユーザーを検知しました。ボーナス残高を付与します』


……ふふ。

あなたのスマートフォン。

最近、覚えのない「キャッシュバック」や「ポイント還元」の通知が来ていませんか?

あるいは、カードの利用明細に、身に覚えのない「0円」の決済履歴が並んでいたり……。


便利さという甘い蜜を吸うために、あなたが差し出したその指先。

そこから、今も何かが「決済」されている音が聞こえてきませんか?


……おや、今、あなたのポケットで音が鳴りましたね?

確認してみるといいですよ。

……それが最後のご利用確認に、ならないことを祈っておりますがねぇ。


それでは、また、金曜の20時にお会いしましょう

良い夜をお過ごしください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ