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元・特殊清掃員の怪談師『忌部 骸』が語る、胃の腑が冷える現代夜話  作者: 一 十


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13/16

第13夜:埋められた音

ええ、どうも。怪談師の『忌部インベ ムクロ』です。


……おや、そんなに肩を強張らせないでください。

私のこの、喪服のような格好が気になりますか?


ふふ、安心してください。これでも本名は『佐藤 留吉』という、どこにでもいる隠居じじいのような名前なんですよ。

あまりに凡庸な名前なもので、役所の方にはよく「書き間違いじゃないですか」なんて怪訝な顔をされる始末でして。

死者を扱う私のごうを隠すには、丁度いい隠れ蓑なのですがねぇ。


さて……。

本日は「病院」にまつわる、ある音のお話をいたしましょう。


病院という場所は、生と死が絶えず入れ替わる、いわば「魂の吹き溜まり」です。

そんな場所の「壁」が、もし何かを飲み込んでいたとしたら……。


これは、ある中堅病院で事務をしていた伊藤さん(仮名)が体験したという、胃の腑が冷たくなるような、とある「お話」です。

その夜、伊藤さんは独り、外来棟の事務室で残業をしていました。

時計の針は21時を回り、周囲は静まり返っています。

ふと、耳の奥に「圧」を感じたそうです。


『ヴォォォォォォン……』


空気が震えるような、低く、湿った重低音。

換気扇の故障か、あるいは地下のボイラー室の振動か。


しかし、その音は奇妙でした。

廊下に出ると止み、自席に戻ると再び鼓膜を叩き始める。

まるで、その場所だけで鳴り響いているかのように。


不気味に思った伊藤さんは、音の出所を突き止めようと院内を歩き回りました。

窓を開ければ、外の闇からその唸りが聞こえてくる。

けれど窓を閉めれば、今度は建物の中からは聞こえない。


音は「外」にあるのか、「内」にあるのか。

あるいは、伊藤さんの「頭の中」で鳴っているのか。


気味が悪くなった伊藤さんは、近くの機械室へと入り、換気扇や大型空調ロスナイのブレーカーを片っ端から確認しました。


「オン、オフ。オン、オフ……」


一つずつ、震える指でスイッチを切っては、窓を開けて外の音を確認します。

静寂が訪れるはずでした。

しかし、どのスイッチを切っても、あの不快な重低音は止まりません。


それどころか、心臓の鼓動に合わせるように、音の密度が増していくのです。


途方に暮れて廊下に立ち尽くしていると、夜勤巡回中の定年間際だという古株の職員が通りかかりました。


伊藤さんが事情を話すと、その職員は懐中電灯で廊下の何もない白い壁を照らし、ポツリと言いました。


「ああ……そういえば、その昔は、その壁の向こうに分電盤があったんだけどねぇ」


改装工事か何かで埋めてしまったのでしょうかねぇ。

なんだか薄気味悪くなってきた伊藤さんは、その言葉の真意を深く考えないように努め、逃げるようにして帰宅しました。


家に帰り、遅い夕飯を食べ、配信のドラマを少し見て、ようやく人心地ついた深夜。

就寝しようと布団に入り、目を閉じた瞬間でした。


バチッ!


脳裏に、強烈なフラッシュバックが走りました。

見たこともない光景です。


薄暗いコンクリートの壁。むき出しの配線。

そして、古い錆びついた分電盤を操作し、大型換気扇のスイッチに手をかける「自分」の姿。


(……あそこだ。あそこに、スイッチがある)


それは記憶でした。けれど、伊藤さんの記憶ではありません。


「止めなきゃいけない」

「動かさなきゃいけない」


そんな強迫観念が、伊藤さんの理性を塗り潰していきました。


翌朝、午前6時。

早番の職員たちが出勤して、病棟も朝の準備を始めた頃、病院中に轟くような凄まじい音が響き渡りました。


ドゴォン!! ドゴォン!!


そこには、病院の工作室から持ち出した大ハンマーを振りかざす、伊藤さんの姿がありました。

目は血走り、昨晩のあの何もない壁に向かって、一心不乱にハンマーを叩きつけているのです。


「伊藤さん!? 何してるんですか!」


同僚たちが叫びますが、伊藤さんは止まりません。


「ここだよ! ここにあるんだよ!!」


ガシャァァァン!


厚い石膏ボードとコンクリートが砕け散り、壁に大きな穴が開きました。

呆気にとられる職員たちの前で、粉塵が舞い上がります。


そして、露わになった壁の空洞。

そこには、古株の職員が言った通り、古びた分電盤がありました。


……いえ、それだけではありません。


狭い壁の隙間、本来は人が入れるはずのないその暗がりに、それは押し込められていました。

作業着を着たまま、無理やり折り畳まれたような不自然な体勢で、白骨化した死体がそこにいたのです。

四肢は本来曲がらない方向へとへし折られ、砕けた骨が剥き出しの配線に絡みついていました。

にもかかわらず、その指先だけは分電盤のスイッチを強く握りしめたまま。

暗い空洞の奥から、剥き出しの眼窩がこちらをじっと睨みつけていたのです。


あの低周波音は、機械の唸り声だったのでしょうか。

それとも、生きたまま壁に閉じ込められた作業員の、何十年分の呻き声だったのでしょうか……。


伊藤さんはその後、精神的な療養が必要となり、退職されたそうです。

発見されたご遺体が誰だったのか、なぜ埋められていたのか。

病院側は「調査中」の一点張りで、真実しんじつは闇の中だとか。


……ふふ。

どうやら、壁の中に埋まっていたのは、音だけではなかったようですねぇ。


さて、あなたの今いらっしゃる、そのお部屋。

壁の向こうから、かすかな「振動」を感じることはありませんか?

古い換気扇の音だと思い込んでいるその唸り……。


実は、誰かがあなたに「スイッチ」を切ってほしくて、必死に送っているサインかもしれませんよ。


……おや、私の後ろの壁からも、何やら聞こえてきたようです。

それでは、今宵はこのあたりで。


また金曜日の20時にお会いできるといいですね。

耳を塞いでお休みください……。

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