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元・特殊清掃員の怪談師『忌部 骸』が語る、胃の腑が冷える現代夜話  作者: 一 十


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12/16

【閲覧注意】第12夜:3分間の供物

ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』です。


……ふふ、そんなに露骨に肩を強張らせないでください。


「忌部 骸」なんて名乗ってはおりますが、戸籍をめくれば『佐藤 留吉』。


近所の公園で鳩に豆でもやっていそうな、実に無害な隠居老人のような名前でしょう?


かつての妻たちも、この名前の響きに安心して、私と添い遂げようとしたのでしょうが……。

おっと、失礼。この話は、また別の「死体」を片付ける時にでも。


さて、今日は都内の小さな出版社に勤める高橋さん(仮名)から伺った「カップ麺」にまつわるお話をひとつ……。

ある雨の夜、高橋さん(仮名)は不運にも終電を逃してしまいましてね。

タクシー代を惜しんだ彼は、傘も差さず、2駅先の狭いアパートを目指して歩き始めました。


雨は次第に強まり、体温を奪っていくことでしょうね。

暗い夜道、街灯もまばらな住宅街。


途方に暮れながら歩く彼の視界に、古びた雑居ビルの軒下で、チカチカと不規則に明滅する自動販売機が飛び込んできたんです。


そこには、見たこともないほど古い、錆びついた筐体がありました。

商品はたった一つ。ラベルも絵柄もない、真っ白な容器のカップ麺。


「……温かいものが食べたい」


コンビニが近くにないわけではないのですが、なぜかその時は、その自動販売機に導かれるように硬貨を投じていました。


ガラン、と重苦しい音を立てて落ちてきたのは、妙にずっしりと重いカップでした。


彼はそれをカバンにねじ込み、ようやく狭いワンルームのアパートに辿り着きました。

玄関を開けると、湿った空気と孤独が彼を迎えます。

風呂に入りたい気持ちもありましたが、まずは腹が減った。と、急いで電気ケトルでお湯を沸かし、その「真っ白なカップ」の蓋を半分ほど剥がしました。


中には、干からびたような、しかし妙に「黒ずんだ」麺の束だけが入っていました。

味噌味なのか、醤油味なのか、そもそも麺自体に味が練り込まれているのか?などと考えながらも、お湯を注ぎ、タイマーを3分にセットしました。


……その3分間が、運命の分かれ道でした。


1分が経過した頃。

狭いキッチンに、奇妙な音が響き始めました。


「ピチャ……ピチャ……」


それはカップの中から、何か湿った肉質が蠢くような音です。


2分。

カップの隙間から、湯気と共に、得体の知れない、これまで嗅いだことのないような、鼻を突く「すえた異臭」が立ち上りました。

それは、生理的な嫌悪感を呼び起こすおぞましい臭いだったそうです。

高橋さんは、目の前の「異常」に脳の理解が追いつかず、ただ呆然と立ち竦むほかありません。


そして、3分を告げるタイマーが鳴る直前。

蓋の隙間から、白くて細い、赤ん坊のような「指」が一本、また一本と這い出してきました。

それはカップの縁をガチリと掴み、中から「何か」を引きずり上げようとしていました。


ピピピッ、とアラームが鳴った瞬間。

高橋さんの指先は、恐怖でガタガタと引き攣るように震えていました。

けれど、見てはいけないと理性が叫ぶ一方で、どうしても中身を確かめずにはいられない、底の知れない呪縛のようなものに突き動かされ──。

彼は、逃げ場のない絶望を覚悟しながら、たまらず蓋をひん剥きました。


……そこにあったのは、麺ではありませんでした。

真っ黒な、そして濡れた「長い髪の毛」が、容器から溢れんばかりに詰まっていたんです。

髪の毛の隙間から、濁った「目」が彼を見上げ、低く、湿った女の声が響きました。


「……3分。食べ頃ね」


その瞬間、高橋さんは気づいてしまいました。

「食べ頃」なのは、カップの中身ではなく、逃げ場のない狭い部屋で独りきりになった……高橋さん、彼自身の肉体のことだったのです。


高橋さんは叫び声を上げ、全力でアパートを飛び出しました。

翌朝、彼が警察と共に部屋に戻ると、キッチンには一滴のスープも、一本の髪の毛も落ちていなかったといいます。


ただ、シンクの横には……。

彼が買ったはずのない、もう一つの「真っ白なカップ」が、お湯を注がれた状態で置かれていたそうでしてねぇ……。


……ふふ。

さて……お話は以上ですが、あなたの部屋のキッチン、妙に静かすぎませんか?

あるいは、換気扇の回る音に混じって、どこかでポコポコと、水が沸き立つような音が聞こえてはいませんか。


高橋さんが見つけた、自動販売機、あなたの家の近くにあるかも知れませんよ?


……おや、ちょうどお湯が沸いたようです。


蓋を開けるときは、どうぞ、一気に剥がさないようお気をつけて。

あの「すえた臭い」が鼻を突いたとき、あなたはもう、食べられる側の「供物」として、完成してしまっているのですから。


それでは、また金曜日の20時にお会いしましょう。

どうぞ良い夢を……。

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