第5章:王が愛したチーズバーガー
王宮美食コンテスト当日。会場である王宮の大広間は、着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。彼らの視線は、好奇心と、そして大部分の侮蔑を含んで、場違いなエプロン姿の私に突き刺さる。
「本当にあの小娘がデミトリ様に勝負を挑んだのか?」
「無謀にもほどがある。思い出作りかしら」
そんな囁きが聞こえてくるが、私はもう動じなかった。隣には、護衛役として付き添ってくれているレオンがいる。彼の存在が、何よりの支えだった。
対するデミトリは、純白のコックコートに身を包み、大勢の弟子を従えて優雅に佇んでいた。その姿は、まさに料理界の王者の風格だ。彼は私を一瞥すると、フンと鼻を鳴らした。
「せいぜい、陛下のお口汚しにならぬよう、頑張ることだな。スラムの娘」
その言葉にカチンときたが、私はぐっとこらえ、調理台に向かった。
コンテストのテーマは「王国の未来を祝う一皿」。制限時間は二時間。
ゴングが鳴ると同時に、デミトリの厨房は目まぐるしく動き出した。彼が取り出したのは、フォアグラ、トリュフ、そして黄金に輝く希少な海鳥の卵。最高級の食材を惜しげもなく使い、複雑で芸術的な料理を組み立てていく。その手際の良さと美しさに、観客席からはため息が漏れた。
一方、私の調理台は、驚くほどシンプルだった。小麦粉、挽き肉、トマト、レタス、そして、私がこの日のために特別に用意した秘密兵器――チーズ。
この世界にもチーズは存在するが、そのほとんどは硬く、風味の強い熟成タイプだ。私は試行錯誤の末、牛乳を特別な製法で加工し、熱を加えるととろりと溶ける、マイルドでコクのあるチーズを開発していたのだ。
「あいつ、何を作っているんだ? まさか、あの下品な食べ物じゃ……」
観客たちがざわめく中、私は自分の仕事に集中した。パティを焼き、パンズを温め、そして熱々のパティの上にとろけるチーズを乗せる。じゅわっと溶けたチーズがパティに絡みつき、たまらなく美味しそうな香りを放った。
審査の時間がやってきた。
先に、デミトリの料理が王様の前に運ばれる。
「陛下。こちらは『栄光への飛翔』と名付けた一皿。黄金海鳥の卵のポッシェに、フォアグラのソテーを添え、我が家に伝わる秘伝のトリュフソースをかけました」
金箔で飾られたその一皿は、もはや料理というより芸術品だった。王様はそれを一口食べ、満足げに頷いた。
「うむ。さすがはデミトリ。伝統と革新が見事に調和しておる。実に美味だ」
デミトリは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、私を見た。観客席の誰もが、デミトリの勝利を確信していた。
そして、私の番が来た。給仕が銀の盆に乗せて運んだのは、ただの「チーズバーガー」。貴族たちは、その庶民的な見た目に失笑を漏らした。
「陛下、お待たせいたしました。私の料理、『みんなの笑顔』です」
王様は少し戸惑ったような顔で、ハンバーガーを手に取った。
「……これを、手で持って食べるのか?」
「はい、陛下。どうぞ、思いっきりかぶりついてくださいませ」
王様は意を決したように、大きな口を開けてガブリとやった。
その瞬間、王様の時間が、止まった。
目は大きく見開かれ、口の周りにソースがつくのも構わず、二口、三口と夢中で食べ進めていく。
静まり返る会場。誰もが、王様の次の言葉を固唾をのんで見守っていた。
やがて、最後の一口を飲み込んだ王様は、深々とため息をつき、そして叫んだ。
「……う、美味いぃぃぃぃぃっ!!」
その絶叫は、大広間中に響き渡った。
「なんだこれは! 肉の旨味、野菜の瑞々しさ、パンの甘み、そしてこの、とろりと溶けた塩気のある乳製品が、全てを一つに繋ぎ合わせている! 一口食べるごとに、味が変わる! 楽しい! こんなに心躍る食べ物は、生まれて初めてじゃ!」
王様は子供のようにはしゃぎ、私の手を握った。
「エリザベート・クロフォード! そなたの勝ちじゃ! この料理こそ、身分も歳も関係なく、全ての民を笑顔にする、王国の未来にふさわしい一皿じゃ!」
その宣言に、会場は水を打ったように静まり返り、やがて、割れんばかりの拍手が巻き起こった。信じられない、という顔で立ち尽くすデミトリ。その横で、レオンが満面の笑みで私に親指を立てていた。
私は、込み上げてくる涙を堪えることができなかった。
スラムの露店で生まれたチーズバーガーが、王宮の最高級料理に勝利した歴史的瞬間だった。




