第4章:銀の皿からの挑戦状
私たちのビジネスが軌道に乗り始めた矢先、王都の社交界に一つの噂が流れ始めた。
「王都一の高級レストラン『銀の皿』のオーナー、デミトリ様が、あのハンバーガーなるものを酷評しているらしいぞ」
デミトリ・アスター。彼は、先祖代々王家に仕えてきた料理人一族の末裔であり、その舌と腕は王国随一と謳われるカリスマシェフだ。彼が経営する「銀の皿」は、貴族でなければ予約すら取れないという超高級店。そのデミトリが、私のハンバーガーを公然と批判し始めたのだ。
新聞の社交欄には、彼の辛辣なコメントが掲載された。
『パンに挽き肉を挟んだだけの、工夫も品性もない代物。あれを料理と呼ぶなど、美食への冒涜だ。手づかみで食べるなど、まるで獣の所業。あのような下品な食べ物が流行ること自体、王国の食文化の堕落を意味する』
この記事は、ハンバーガーを見下していた貴族たちを勢いづかせた。彼らはデミトリを支持し、私たちの店への風当たりは日に日に強くなっていった。客足に影響はなかったが、店の前で嫌がらせをされることも増えた。
「どうして、食べてもいないのにそんな酷いことを……」
悔しがる私に、レオンが苦々しい顔で説明してくれた。
「デミトリは極端な伝統主義者なんだ。新しいもの、特に庶民の間から生まれた流行を、病的なまでに嫌っている。それに……おそらく、我々の成功が面白くないのだろう」
「面白くない、ですって?」
「ああ。彼の店は客単価が高いが、客層が限られている。我々の店は薄利多売だが、その分、凄まจい勢いで売り上げを伸ばしているからな」
要するに、嫉妬。あまりにもくだらない理由に、私は怒りを通り越して呆れてしまった。
だが、デミトリの妨害はそれだけでは終わらなかった。彼は自身のコネを使い、王宮の側近たちに取り入ったのだ。そして、「風紀を乱す」という名目で、私たちの露店に営業停止命令を出させようと画策した。
その動きをいち早く察知したレオンが、私に警告に来てくれた。
「エリザベート、まずいことになった。デミトリが、王に直接働きかけるつもりだ」
「そんな……! 私たちの店が、なくなってしまうのですか?」
「そうはさせん。だが、正攻法では時間がかかりすぎる。ここは、一発逆転を狙うしかない」
レオンの目は、真剣そのものだった。
「デミトリに、勝負を挑むんだ」
「勝負、ですか?」
「ああ。王宮で毎年開催される『王宮美食コンテスト』。そこで、デミトリと直接料理で対決する。そして、国王陛下自身の舌で、どちらの料理が優れているか、判断していただくんだ」
王宮美食コンテスト。それは、国中の料理人が己の腕を競い、その年の最高料理人「美食卿」の称号を目指す、最も権威ある大会だ。そんな場所に、露店の店主に過ぎない私が出場するなんて。
「無謀ですわ! 私がデミトリ様のような方に勝てるはずが……」
「勝てるさ」
レオンは私の言葉を遮り、力強く言った。
「君のハンバーガーには、彼の高級料理にはない『力』がある。人々を笑顔にし、幸せにする力だ。それを信じろ」
彼の揺るぎない瞳に見つめられ、私の心に燻っていた闘志が、再び燃え上がった。そうだ、私はもう、何も持たない没落令嬢じゃない。私にはハンバーガーがある。たくさんの常連客の「美味しい」という言葉がある。そして、私を信じてくれるパートナーがいる。
「わかりました。やります」
私は覚悟を決めた。
その日のうちに、レオンを通じてデミトリに挑戦状を叩きつけた。
『王宮美食コンテストの場で、貴殿と私、どちらの料理が民を、そして陛下を幸せにするか、決めようではありませんか』
デミトリはこの挑戦を、鼻で笑って受け入れたという。
「面白い。あの小娘に、本物の美食とは何かを、骨の髄まで教えてやろう」
こうして、露店のハンバーガー屋と王都一の高級レストランという、前代未聞の料理対決の火蓋が切って落とされた。王国中の注目が、この無謀な挑戦に集まっていた。




