ACT.26 巨大アオサギ
夜。
吉野川河口。
湿った風が、草を揺らしている。
水辺に、それはいた。
巨大なアオサギ。
街灯の光を受けた灰白色の羽。
その体は、明らかに普通ではなかった。
翼を広げれば、小型車の横幅ほどある。
脚は異様に太い。
羽のところどころに、金属質の光が混じっている。
関節部では、皮膚の下で何かが脈動していた。
一人の女が立っている。
白衣。
長い髪。
静かな目。
女が、魚を一匹投げる。
アオサギが啄む。
骨ごと、バキッ。
嫌な音がした。
女は微笑む。
「いい子」
優しい声だった。
まるで、ペットを撫でるみたいに。
真月団科学者、リリエ。
リリエの端末に、数値が流れる。
《筋組織強化ナノマシン:定着率87%》
《成長ホルモン投与:成功》
《骨格補強プレート:異常なし》
《人工筋繊維:胸筋部同期率92%》
《心肺機能強化:安定》
《飛行負荷:許容範囲内》
《神経制御チップ:命令待機》
アオサギの目は赤い。
知性ではない。
野性でもない。
命令を待つ目だった。
リリエが、そっと首を撫でる。
「痛かったでしょう? 苦しかったでしょう?」
静かに。
「でもね」
アオサギの羽が、ゆっくり開く。
風圧で、周囲の草が倒れた。
「人間より、あなたの方が綺麗よ」
リリエは恍惚とした表情で見上げる。
「完成に近い」
一拍。
「神無月が喜ぶわ」
その時、アオサギの首が動いた。
遠くを見る。
微かなサイレン。
リリエが笑い、タブレットの画面を撫でる。
そこには、漁船の熱源反応。
網。
魚群探知機。
人間の道具。
「見える?」
リリエは優しく言った。
「あれが、海を奪う手よ」
アオサギの赤い目が、わずかに強く光った。
「……来る?」
タブレットを閉じる。
「じゃあ見せてあげましょうか」
赤い目が、夜の水面に映る。
「人間が自然に負ける瞬間を」
巨大な羽が、夜を打った。
水しぶき。
アオサギが飛び立つ。
徳島の夜空を、巨大な影が横切った。
深夜。
徳島沖。
小型漁船のエンジン音。
波。
船上では、漁師たちが網を引いていた。
「最近、魚減ったなぁ……海までおかしなっとる」
笑い混じりだった。
だが、次の瞬間、誰かが止まる。
「……今、何か飛ばんかったか?」
空。
黒い影。
大きい。
異常に。
急降下。
船が揺れる。
悲鳴。
巨大な何かが、甲板へ着地した。
羽。
灰白色。
長いくちばし。
赤い目。
「な、なんだこりゃ……!」
巨大アオサギが、網を引き裂く。
鋼線ごと、簡単に裂けた。
漁師の一人が、くちばしに弾かれる。
吹き飛ぶ。
血が、海へ散った。
「逃げろッ!!」
だが、遅い。
羽が広がる。
風圧で、船灯が砕ける。
闇。
数分後。
漁船からの救助要請が、海上保安庁へ入った。
海上保安庁が出動。
警察への連絡。
SNSには、すでに映像が流れていた。
《徳島沖に巨大怪鳥!?》
《UMAでは?》
《加工じゃないのか?》
《また真月団?》
ネットは騒ぎ始める。
真月団研究区画。
暗室。
モニターには、襲撃映像。
再生。
停止。
巨大アオサギ。
リリエは満足げに見つめていた。
「美しい」
静かに。
「人間は、自分たちだけが自然を支配してると思ってる」
モニターを撫でる。
「海を汚して。山を削って。川を殺して」
一拍。
「なのに、“自然保護”って言葉だけは好きなのよね」
助手が、怯えながら言う。
「ですが……一般人に被害が出ています」
リリエは即答した。
「被害?」
笑う。
「違うわ」
モニターの中の巨大アオサギを見つめる。
「報いよ」
助手の顔が青ざめる。
「……あれは自然じゃありません」
沈黙。
リリエの目が冷える。
「そうね」
一歩、近づく。
「でも、人間ももう自然じゃないでしょう?」
画面に、都市、排水、漁船、工場の映像が流れる。
「自然を壊すために進化した生き物を、自然と呼べる?」
成長ホルモン。
筋組織強化ナノマシン。
骨格補強プレート。
人工筋繊維。
神経制御ログ。
リリエは恍惚とした表情で言う。
「進化よ」
一拍。
「人間が壊した世界に適応するための」
その時、通信。
《ガイアスワット、現場へ出動》
リリエが微笑む。
「来た。“正義”が」
モニターに映る。
美海。
アニー。
ジュン子。
リリ。
リリエは小さく笑う。
「あなたたちは、自然を守る側?」
一拍。
「それとも、人間を守る側?」
モニターの中、巨大アオサギの赤い目が光る。
徳島の夜空を、怪鳥の影が横切る。
The Next Mission




