ACT.25 残す
徳島県警・監察室前の朝、薄い光。
廊下は静か。
ジュン子はファイルを胸に抱える。
ノック。
「入れ」
室内には井上風見。
机に書類の山。
ジュン子、前に出る。
「監察提出用の報告書、作成しました」
紙の重みを差し出す。
井上はファイルを受け取る。
「正式な監察には、こちらから回す」
ページをめくると、無駄な音はしない。
一枚、また一枚。
四十谷翔の暴行と真月団接触。
発砲事案が全部、載っている。
井上、ペンを取り、サインを短く書く。
「報告書、受理する」
一拍。
視線を上げる。
「上が揉み消しても――」
低く。
「我々は記録を残す」
沈黙。
それは“勝ち”ではない。
だが、“消されない”。
それだけで違う。
ジュン子の肩の力が、わずかに抜ける。
「……ありがとうございます」
声は小さい。
だが、確かに通る。
ドアを開ける。
外の光が少しだけ眩しい。
美海とアニーが待っている。
ジュン子、出てくる。
目の下が疲れている。
少し影。
でも、ほんの少し笑う。
アニーが近づく。
「ジュン子さん」
少し迷って。
「正義って……痛いんですね」
美海、即答しない。
ジュン子を見る。
その傷、疲労、全部見てから。
「痛いほど」
ゆっくり。
「本物なんだよ」
ジュン子、鼻で笑う。
「ええこと言うやん」
一歩、前へ。
「ほな、もっと痛くなるで」
振り返らず、歩いていく。
アニー、呟く。
「……でも、消えなかったですね」
美海、小さく頷く。
「うん、残った」
廊下の奥にジュン子の背中。
まっすぐ、その後ろに見えないけど確かにあるもの。
“記録”。
“証明”。
消されなかった事実。
それが次の戦いになる。
夜、徳島城公園のベンチ。
ジュン子、一人。
風が木々を揺らす。
携帯が震えて表示。
【父:原菊次郎】
メッセージを開く。
「余計なことはするんやない」
一拍。
「組織を敵に回すな」
画面を見たまま、何も言わない。
ゆっくり、閉じる。
ポケットへ。
星を見上げる。
ぼやけている。
遠く、サイレン、ガイアマシンの音。
(まだ動いとる、まだ終わってへん)
小さく。
「……父ちゃん」
少しの沈黙。
「うちはな」
拳を軽く握る。
「守るで」
静かに。
「……あんたが守れんかった正義」
風が髪を揺らす。
カメラ、上昇。
徳島の夜景。
光、点、広がる。
県警本部・取調室。
白い蛍光灯。
四十谷翔が机の向こうで足を組んでいる。
余裕。
扉が開く。
美海が入り、向かいに座る。
「……楽しい?」
翔、笑う。
「何が?」
美海、視線を外さない。
「全部」
間。
「殴るのも、逃げるのも、守られるのも」
翔が鼻で笑う。
「当たり前だろ」
一歩も引かない。
「許されるんだから」
美海、わずかに前へ。
「そうだね」
静かに。
「許されるのは――」
一拍。
「パパと、その知り合いだけだからね」
空気が止まる。
翔の目が細くなる。
美海の手、机の上。
握る。
力が入る。
(今なら、殴れる)
一瞬、揺れる。
「やめろ」
井上の声。
背後。
「ルール違反だ」
久保舞も一歩前。
「ここで壊れたら、全部無意味になる」
美海は目を閉じる。
息を吐き、手を開く。
翔が笑う。
勝ち誇る。
「ほらな」
「おままごとだ」
その時、ノックの音がして、扉が開く。
スーツの男。
弁護士。
「四十谷翔さんの弁護人です」
書類を提示する。
「勾留請求が却下されました」
一拍。
「身元引受人のもとで、在宅捜査に切り替わります」
誰も動かない。
井上が書類を見る。
歯を食いしばる。
「……銃を使った案件で、勾留請求却下か」
低く、短く。
「普通じゃあないな」
ジュン子は廊下でそれを聞いた。
足が止まる。
取調室の中。
翔、立つ。
余裕の表情だった。
「じゃあな」
美海を見る。
「正義の人」
笑いながら、出ていく。
美海は残り、動かない。
拳が震えている。
外、ジュン子。
壁に手をつく。
(……守る言うたのに、もう、逃げられとる)
遠く、またサイレン。
徳島の夜は、止まらない。
でも、正義は、簡単に通らない。
県警地下駐車場の夜。
コンクリートと湿った空気。
ガイアクラーケン。
黒いRZ34ベース。
ジュン子が運転席に座る。
無線が生きている。
井上の声。
「……原菊」
一拍。
「正式な出動命令は出ていない」
つまり。
やるな。
そういう意味だった。
ジュン子はキーを回す。
低い振動。
「知っとるわ」
静かに。
「せやけどな」
ハンドルを握る。
「被害者保護の確認は、職務やろ」
一拍。
「命令が止まっても」
アクセルに足を置く。
「被害は止まらへん」
前を見る。
「うちは――」
「それでも追う」
無線の向こう。
少しだけ沈黙。
井上の声が落ちる。
「……面会記録は残せ」
ジュン子は、小さく笑う。
「最初からそのつもりや」
ガイアクラーケンが発進する。
古いアパート。
階段が軋む。
ドアをノック。
中から、弱い声。
「……誰ですか」
室内が暗い。
包帯をつけた平尾が出る。
顔に痣。
テレビでニュース。
「四十谷翔、釈放――」
平尾が顔を歪める。
ジュン子はリモコンに目をやる。
「……消してもええか」
平尾は小さく頷く。
画面が消える。
「徳島県警や」
一拍。
「……遅なって、すまん」
平尾、苦笑。
「来ないと思ってましたよ」
間。
「結局、あいつは……」
言葉が止まる。
ジュン子、中へ入る。
「終わってへん」
低く。
「終わらせへん」
平尾、目を上げる。
「……何ができるんですか」
ジュン子は迷わない。
「証拠、集める」
一歩。
「証言、守る」
もう一歩。
「もう一回、捕まえる」
平尾は初めて、少しだけ見た希望の色。
「……本気ですか」
「当たり前や」
一拍。
「正義は、やり直し効くからな」
病院、昼に近い朝。
白い廊下は静かだ。
美海は歩く。
ドアを開ける。
仙石幸昌と仙石守信の兄弟が座っている。
沈黙。
だが、前と違う。
“空っぽ”じゃあない。
病室の隅には、担当医と支援員が立っている。
美海がゆっくり入る。
「……おはよう」
幸昌は顔を上げる。
少しだけ震えながら。
「……おはようございます」
美海は一瞬だけ止まる。
息を止める。
(戻ってきた)
守信は小さく言う。
「……お母さんは」
美海は担当医と支援員を見た。
それから、二人へ向き直る。
逃げない。
「亡くなった」
一拍。
「でも」
美海は二人を見る。
「君たちは、まだここにいる」
幸昌の目に、涙が浮かぶ。
でも、崩れない。
「……はい」
美海は頷く。
「それでいい」
ジュン子――平尾の前。
美海――子供たちの前。
二つの“正義”。
どちらも必要だった。
徳島の空に、朝の光。
守るというのは、戦うことと同じくらい、続けることだ。
The Next Mission




