ACT.22 警視の息子
蛍光灯の白。
紙の擦れる音。
空気が重い。
県警幹部とガイアスワット課の合同会議だった。
ジュン子が立っている。
資料を手に。
視線は落とさない。
「被害者、平尾達郎。四十三歳」
声は一定だった。
「頭部裂傷。全治三週間」
ページをめくる。
「加害者、四十谷翔」
一拍。
「県警本部警視の息子」
沈黙。
誰も、咳一つしない。
「被害届は受理済み」
さらに。
「しかし現在、捜査は――」
紙を見る。
だが、あえて言い直す。
「実質、止まっています」
空気が止まる。
視線が逸れる。
誰も、ジュン子を見ない。
ペンを回す。
書類を整える。
無意味な動き。
椅子に深く座る幹部。
指を組む。
「……被疑者側からは、示談の意向が出ている」
淡々と。
「本人には父親から厳重に言い聞かせる。組織としても、慎重に扱うべき案件だ」
その言葉が、部屋に落ちる。
重く。
鈍く。
ジュン子は間を置かなかった。
「慎重?」
一歩、前へ出る。
「暴行を揉み消すことを、慎重って言うんですか?」
さらに一歩。
「それで、正義守れるんですか?」
完全な沈黙。
誰も動かない。
幹部の目が、ゆっくり上がる。
「言葉を選べ」
低い声。
「ここは会議の場だ」
ジュン子は一歩も引かない。
「せやから言うてるんや」
関西弁が刺さる。
「これが“会議の結論”なんか? 被害者ほったらかして、加害者守るんが、警察の仕事なんか?」
若手が、目を伏せる。
誰かが、唾を飲む。
「もういい」
幹部が短く言った。
「その件は預かる」
一拍。
「以上だ」
終わらせる。
逃げる。
ジュン子の拳が震えている。
だが、握りしめるだけだった。
何も言わない。
それが一番、重い。
美海が、アニーに小さく言う。
「ああいう正論な」
目線は前のまま。
「上は一番嫌うんだよ」
アニーが小さく返す。
「でも」
視線をジュン子へ向ける。
「正しいことを言っています」
美海は一瞬だけ笑う。
「だからだよ」
低く。
「“正しい”ってのはな、時々、組織を壊すから嫌われる」
ジュン子の内側。
(壊れてるんは、どっちや)
言葉にはしない。
だが、目は決めている。
会議は、終わったことにされた。
ドアが開く。
外の光。
冷たい。
ジュン子が出ていく。
誰も止めない。
誰も追わない。
その背中だけが、“まだ壊れていないもの”として残った。
夜。
ネオン。
雨上がりの路面。
大型ビジョン。
スマホ。
店内モニター。
同じ映像が、流れている。
ざわめき。
「これ……昨日のやつじゃね?」
「やば……」
ブレた監視カメラ。
路地。
倒れる男。
殴る影。
四十谷翔。
そして、別の影。
黒いフード。
顔は半分しか見えない。
だが、笑っている。
音声はノイズ混じりだった。
それでも、はっきり拾えている。
「次は、親父のIDで警察データを抜け」
一拍。
「チッ……」
翔の声。
「言う通りにしてやるよ」
通行人たちが足を止める。
「これアウトだろ……」
「警察の息子だよな?」
空気が変わる。
疑いから。
確信へ。
ガイアスワット本部。
アーケロンのモニター。
同じ映像。
静まり返る室内。
アニーが息を呑む。
「……繋がった」
美海は腕を組む。
目が細くなる。
「やっぱりな。ただのバカ息子じゃなかった」
ジュン子が前に出る。
視線が鋭い。
「これで“体面”もクソもあらへんやろ」
低く。
「完全にアウトや」
リリは冷静に問う。
「証拠能力は?」
アニーはすぐに答える。
「拡散動画とは別に、撮影者から原データを確保できます。タイムスタンプ、位置情報、周辺カメラとも照合可能です」
一瞬。
言葉を選ぶ。
「原本性が確認できれば、証拠として使えます。少なくとも、捜査を止める理由にはなりません」
全員が黙った。
部屋の空気が変わる。
“処理”から。
“対応”へ。
井上はゆっくり立つ。
「……もう止められない」
短く。
「動くぞ」
ジュン子は小さく笑う。
「最初から、そう言うてる」
外、繁華街。
映像はまだ流れている。
人々の顔。
怒り。
戸惑い。
興味。
混ざる。
遠く、路地の奥。
一瞬。
影。
神無月の部下。
スマホを見て、笑う。
「いいねえ、勝手に燃えてくれる」
拡散の速度が、速すぎた。
誰かが、燃えやすい場所を選んで投げ込んでいる。
夜の街。
ネオンが滲む。
“真実”は、もう止まらない。
それが誰の手で流されたものかも、まだ分からないまま。
The Next Mission




