ACT.18 先生は正しい?
白い部屋。
時計の音だけが響く。
カチ、カチ、カチ。
録音機の小さなランプが点いている。
壁際には、少年担当の職員が一人、静かに立っていた。
少年は俯いている。
手は震えている。
だが――
まだ、どこかで信じている。
「兄は、正しいんです」
小さく。
でも、はっきりと。
「みんなも言ってる」
空気が止まる。
アニーの指先が、机に触れる。
わずかに力が入る。
(これが……支え。同時に、檻)
美海が一歩、前に出る。
椅子を引く音。
ギィ、と鳴る。
「じゃあ聞く」
低い声。
「君、最初に殴ったあと、何を考えた?」
少年の喉が鳴る。
「続けるしかないと思った?」
一拍。
「それとも、誰かに止めてほしかった?」
沈黙。
呼吸が乱れる。
「……」
目が揺れる。
言葉が出ない。
「誰も止めなかった」
少年が、絞り出す。
「だから……続けた」
「違う」
美海が遮る。
「止めるべき人間が」
一拍。
「背中を押したんでしょ」
その一言。
空気が割れる。
少年の肩が震える。
「……っ」
「兄ちゃんが言ったんだ」
声が崩れる。
「“やってみろ”って」
「“理論を証明しろ”って」
放課後。
誰もいない教室。
西日が、机を長く引き伸ばしている。
静かすぎた。
黒板には、半分だけ消された文字。
『人間は醜い』
その前に、七條修一が立っている。
背筋は伸びている。
影が長い。
少年は、教室の入り口で止まった。
「兄ちゃん……」
声が小さい。
七條が振り返る。
整いすぎた笑顔。
「来たか」
一歩、近づく。
ゆっくり。
逃げ場を潰すように。
「どうだった?」
問いは優しい。
だが、逃げ道がない。
少年は視線を逸らす。
「……怖かった」
正直な言葉だった。
七條は、少しだけ目を細める。
「そうか」
否定しない。
「それが“現実”だ」
黒板を指でなぞる。
「人間は醜い」
一拍。
「弱い者は、いずれ壊れる」
振り返る。
「だから、確かめろ」
少年の肩に、手を置く。
温かい。
その温かさが、逃げ道を奪っていた。
「お前ならできる」
その一言。
命令じゃない。
だが――
拒否できない。
(信じてくれてる)
胸が、少しだけ熱くなる。
(兄ちゃんが……)
(認めてくれてる)
けれど、その信頼は、選択肢を奪っていた。
「証明してみろ」
七條が言う。
「理論は、言葉じゃ足りない」
「現実で示せ」
一拍。
「それが教育だ」
少年の指が、わずかに握られる。
迷いが消えていく。
いや。
消されていく。
七條は、安心させるように笑った。
「大丈夫だよ。お前はちゃんと分かってる。間違えない」
その言葉は、救いの形をした拘束だった。
現在。
取調室。
少年の呼吸が荒い。
「……兄ちゃんは……」
「信じてくれたんだ……」
涙。
だが、その意味が変わり始めている。
アニーは少しだけ息を吸った。
「……それ、信頼じゃあないよ」
声は柔らかい。
だが、逃がさない。
「断れないようにされた命令だ」
少年の目が揺れる。
“信頼”と“支配”が、分かれる。
「でも……おれ……」
少年の声が震える。
「間違ってた……?」
アニーは頷く。
「うん」
優しく。
でも、はっきりと。
「間違ってた」
少年の肩が震える。
アニーは続ける。
「でも、それで終わりじゃあない」
一拍。
「そこから、どうするか」
美海が静かに言う。
「やったことの責任は消えない」
少年が顔を上げる。
「でも、君だけの罪にして終わらせる話でもない」
静かな部屋。
時計の音が、また戻る。
カチ、カチ、カチ。
アニーがしゃがみ、目線を合わせる。
「今からでもいい」
「“違う”って選べる」
一拍。
「自分で」
少年の指が、ゆっくりと動く。
顔を覆っていた手が、少しだけ下がる。
涙で濡れた目。
「……おれ……」
声が、震える。
「兄ちゃんに……止めてほしかった……」
その言葉が落ちた瞬間。
“証明”は、終わった。
黒板の文字。
『人間は醜い』
その下。
『証明』
そして、誰もいない教室に、まだその声だけが残っている。
「お前ならできる」
The Next Mission




