ACT.15 怪我の勲章
ガイアスワット控室。
深夜。
蛍光灯の白が、机の上だけを静かに照らしている。
ペン先が紙を引っかく音だけが、部屋に残っていた。
カリ、カリ――
圓藤アニーは報告書を書いている。
左腕には包帯。
その白さが、やけに目についた。
机の端に置いた紙コップの水面が、わずかに揺れる。
手がまだ震えているのだと、自分でも分かった。
それでも、書く手は止めない。
(……逃げなかった。選んだ)
一行ずつ、言葉にしていく。
何を見て、何を選んで、何が足りなかったのかも含めて。
ガチャ。
ドアが開く。
ガイアスワット課長、井上風見が入ってきた。
足音は静かだった。
だが、その静かさが部屋の空気を少しだけ引き締める。
「……初任務で血を流したか」
アニーは顔を上げる。
「はい」
短い返事。
井上は机の横まで来ると、報告書へ視線を落とした。
すぐには何も言わない。
数行だけ読んで、ようやく口を開く。
「字は乱れていないな」
アニーの視線がわずかに揺れる。
「……はい」
「手は震えている」
井上は紙コップへ目をやる。
「だが、書くことはやめていない」
一拍。
「悪くない」
アニーは少しだけ息を呑んだ。
井上はそこで初めて、彼女の顔をまっすぐ見た。
「目も曇っていない」
アニーは返事の前に、少しだけ考えた。
「……曇るほど、まだ分かってません」
井上の口元が、ほんのわずかに緩む。
「そう言えるうちは、まだ使える」
窓の外には、徳島の街が広がっている。
灯りが点在し、何事もなかったように夜を続けていた。
だが、そのどこかに確かにいる。
まだ見えていない敵が。
井上が低く言う。
「逃げた一人、照会が上がった」
アニーの手が止まる。
「神無月煉の周辺と接点が出た。直下の線が濃い。少なくとも末端ではない」
控室の空気が少しだけ重くなる。
「今日の件は、ただの資金強奪ではない」
井上の声は低い。
大きくない。
だが、言葉の輪郭だけが妙に硬かった。
「金を運ぶ。奪う。逃がす。それだけなら、あそこまで整えない」
一拍。
「こちらの反応を見ていた。そう考えた方がいい」
(試されていた)
自分も。
この街も。
ガイアスワットも。
井上は窓の外から目を離さないまま続ける。
「敵が何を見ていたか、考えろ」
「……はい」
「お前が何を見たかも、書け」
アニーは報告書へ視線を落とす。
「事実だけでいいんでしょうか」
井上は即答した。
「事実から逃げるな。だが、感情も消すな」
アニーの眉がわずかに動く。
「怖かったなら、怖かったと書け。迷ったなら、迷ったと書け」
井上はそこで、やっと彼女の方を向いた。
「現場で起きたことより、自分に都合のいい報告を書く奴から、目は曇る」
「……はい」
短い返事。
だが、さっきよりも少しだけ深く入る声だった。
「アニー」
振り向く。
そこに、美海が立っていた。
壁にもたれて、腕を組んでいる。
いつからいたのか分からない。
「はい」
美海は、少しだけ笑った。
「君さ」
一拍。
「選べるようになったね」
静かな声だった。
けれど、その一言はまっすぐ胸に落ちた。
アニーは、ゆっくり頷く。
「……はい」
井上はそのやり取りを黙って見ていたが、最後に一つだけ言った。
「選べるようになったなら、次は外すな」
アニーの背筋がわずかに伸びる。
「選ぶだけでは足りない。選んだあと、どう終わらせるかまでが仕事だ」
「……はい」
井上はそれ以上は言わず、踵を返した。
ドアの前で一度だけ止まる。
「報告書、朝までに上げろ」
「はい」
「あと」
少しだけ肩越しに言う。
「死なずに戻ったことは、運じゃない。そこは勘違いするな」
ドアが閉まる。
静けさが戻る。
窓の外では、街が何も知らないまま光っている。
アニーはペンを持ち直した。
カリ、と音がする。
その夜の一歩を、今度は言葉として残していく。
The Next Mission




