二十話 大宮城の戦い 前
元康が南陽坊の遣わした使い番の書状に衝撃を受けていた数日前に遡る。
遠江衆の参陣を受け義元本隊は薩埵峠を超え大宮城を目指した。既に大宮城には武田の先陣を勤める山県勢が攻めかかっておりそこに先手として向かった庵原勢が攻めかかり山県勢を一時的に後退させる、そのまま庵原勢は持ってきた武器兵糧を持って大宮城に入城。山県勢を追うように参陣した馬場美濃守率いる武田先手衆が山県勢に追いつき大宮城を囲んでいた。
そこに現れた義元本隊を見て馬場は顔を顰める、
「早いの、今川勢は。{兵は神速を尊ぶ}兵書の通りか、可愛げのない奴」
「美濃守様、御屋形様の勢到着されました」
「おう、そうかこれで城と義元勢に挟み撃ちになるのは避けられそうだな」
武田信玄を本陣に頂く武田勢は仁科、穴山ら親族衆以下、小山田、内藤、淺利等の譜代衆、そして他国衆として原、真田等らを従えて甲斐より進軍してきていた。
「義元め、我が武田の{風林火山}のお株を奪うとはの。それとも優秀な忍びでも居るのか」
信玄はこう言って本栖を本貫とする渡辺囚獄佑の方を見る。囚獄佑は富士御師を勤める家の者で配下には忍び働きの出来る者を抱えていた。
「徳川の手の者と思われる伊賀の者たちがちらほらと見られておりました。見つけ次第始末しているのですが」
「徳川か、義元から義娘を娶せられ一門衆になった三河の者だな」
「上洛戦で活躍したとかで三河、尾張、美濃に領地を持っておりますな」
「確か今は伊勢長島で一向一揆と対峙していたな、こちらには来れまい、氏真も北条に出向いておる、好機じゃな」
「真に」
「よし、我が勢の動き悟られぬように目を潰せ」
「仰せのままに」
頭を垂れ下がる渡辺から別の者に顔を向ける信玄。
「其方らの出番じゃ、見事義元の首を挙げよ」
「はっ」
□
武田の軍勢が敷いている陣に相対するように今川勢は陣形を整える。先鋒に朝比奈勢を置き、中軍に孕石、関口、長谷川、三浦が勤め、義元本陣の周りは遊軍として井伊、一之宮、新野らが勤め、後陣に岡部勢がが詰めることとなった。
「武田の先鋒は赤備えの山縣と馬場美濃守と見えます」
使い番の報告に義元は頷く。
「予想通りだな、信玄坊主め定石できおったか」
そして軍配を掲げ命じる。
「朝比奈に掛かれと伝えよ。中軍は朝比奈を助けるように」
こうして両軍は合戦の火蓋を切る。
「投石隊、放て!」
馬場勢の後ろに控えていた投石隊が一斉に石を投げ敵陣を混乱させようとする。そこに赤備えを率いる山縣が攻めかかる。
「赤備えを押し返せ、後ろに遣るな!」
朝比奈信置が叫び配下を叱咤する。朝比奈勢は良く支え山縣は一度下がる。
「やるのお、朝比奈、じゃがこうしてはどうかの」
馬場美濃は伏せていた切り札を切った。
朝比奈は良く前線を支えていた。だがそこに最悪の報告がもたらされる。
「左翼に騎馬隊が現れ突き崩されて居ります!」
使い番の声に左を見ると数十の騎馬に前線が蹴散らされて居るのが見えた。
「しまった!直ちに中軍に知らせ穴を塞ぐのじゃ」
だがその綻びを見逃す馬場美濃ではない。
「押し出せ、乱戦に持ち込むのじゃ」
下がっていた赤備えが再度打ち掛かり、前線は完全に乱戦へと移っていった。中軍の諸勢は綻びを塞ぐため動いた。そこに僅かな隙間が出来ていたのに気が付く者は居なかった。
□
義元本陣
義元は使い番より前線が敵の攻勢により乱戦となったと報告を受けていた。
「御屋形様、中軍が綻びを防がんと動いております、遊軍を前に出しますか?」
「中軍と本陣の間が空くからの、遠江勢の一部を出して埋めるか」
その時本陣の幔幕の外で騒ぎが起きた。何者かが争う声、武器が打ち合う音。
「まさか、敵がここに!」
その時幔幕を切り裂き一団の武者たちが雪崩れ込む。
「ここに居られたか、某は真田左衛門尉信綱、今川左近衛少将 殿で御座いますな。我が主の命によりその首頂きに参りました」
「吠えるではないか、信州の山猿が、我が左文字の錆にして呉れよう」
こうしてお互いに刀を抜き相対した。
周りでは義元の近臣達が真田勢と切り合っている。遠江勢の一人で義元の近臣である松井宗信は義元を助けようとするが真田の武者の一人が逃がさない。
「兄者の邪魔はこの真田兵部昌輝がさせぬ!」
「くっ、下がれ邪魔をするな」
こちらも激しく切り結ぶのであった。
義元本陣の後ろを守る遊軍の井伊、新野勢の所に剣戟と雄叫びが聞こえた。戦場の音楽、最前線でしか聞こえない音、それが本陣から聞こえた。
「これは、御屋形様が危ない!」
井伊直盛は直ちに本陣に向かう事にし、となりの新野勢にも声を掛けた。
その頃、義元と信綱は刀を構えながら相対していた。既に数合切り結びお互いに薄手の傷を受けていた。信綱は義元の息が上がっているのを見て取った。二十近く年長の義元の体力の衰えに気が付いた信綱は決着を付けるべく思い切り踏み込んだ。
「御覚悟!」
「ぬっう!」
義元の左文字の切っ先は信綱の利き腕を傷つけた。そして信綱の陣太刀青江貞は義元の右肩から胸を切り裂いた。
「貰った!」 信綱が叫び止めを刺そうとするが。
「やらせわせぬ!」
そう叫んで信綱に切り掛かった者にその場から後ろに下がらされた。
「この井伊信濃、御屋形様に近づくことを許さぬ!」
井伊谷の領主井伊直盛が義元の前に立ち信綱を睥睨した。
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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