二十一話 大宮城の戦い 後
井伊直盛と真田信綱が対峙している間に義元を新野親矩が助ける。
「御屋形様、輿にお乗りくだされ」
家臣たちに輿を担がせて本陣を離れ後陣の岡部勢の所に運ぼうとした。
「待て!逃がさんぞ!」
真田信綱が叫ぶがその前に井伊直盛が立ち塞がる。
「これ以上先には進ませぬ!」
「ならば義元より先に冥府へ送ってくれよう」
直盛に切り掛かるのであった。
数合打ち合うも信綱は信玄も認める剛の者、直盛は防戦一方になっていく。しかし信綱は義元によって利き腕を切られて居たため力が十分出せず仕留めることはできなかった。
「貰った!」
青江貞と打ち合うこと数合、直盛の刀は中途で折れ、その勢いで信綱の渾身の突きが直盛を貫く。
「ま、だだ、やらせはせんぞ、やらせはせん!」
直盛は太刀が刺さったまま信綱に組みつき折れた刀を捨て脇差で信綱の首筋を切り裂く。
「兄者!」 昌輝が松井宗信を振り切り駆け寄るも頸から血を溢れんばかりに流す信綱を支えるしかなかった。
「無念、じゃが義元は致命じゃ、御屋形様に伝えてくれい」
血に染まる具足を纏った信綱を昌輝が郎党らと支えて本陣から逃れる。
真田勢が姿を消した後松井宗信が井伊直盛を助け起こす。
「井伊殿!」
「お、御屋形様は無事に下がられたであろうか?」
「おお、下がられた、貴殿のお陰でな」
宗信も義元のその後を知る訳は無い。だが既に半分死出の旅に出掛かっている直盛にはそのような真実はもはや必要ではない。
直盛は宗信の見守る中冥府の渡しを渡った。
そして同じ頃昌輝に助け出された真田信綱も真田の六文銭を持って三途の川へ向かったのであった。
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後陣 岡部正綱の陣
新野親矩に助け出された義元は輿に乗せられて岡部正綱の守る陣にたどり着いた。
「御屋形様、しっかりなされ、傷は浅そう御座いますぞ」
正綱が声を掛けると気を失っていた義元は目を開けた。
「ど、どうなっておる?」
「井伊殿と松井殿が本陣に攻め入ってきた敵と戦っております。ここは我が陣内ゆえご安心くだされ」
「正綱、薩埵峠に陣を張り、武田を足止めするのじゃ、庵原が入った大宮城は簡単には落ちぬ。薩埵で足止めしているうちに氏真が戻ってこよう。元康も長島を制したら来るはずじゃ、そこで武田を…」
「直ちに図りまする、御屋形様気を確かになされませ」
「氏真に、元康を真の弟と思い頼りにせよと伝えよ。元康には氏真のこと頼み置くと」
「御屋形様!」
「皆々、氏真を支えてくれい」
そのまま昏倒した義元を戸板に乗せて岡部勢は薩埵の峠を超える。朝比奈勢が殿を勤め今川軍は薩埵峠の要害に陣を移した。義元を駿府へ帰すべく急いだがその途上遂に義元は見罷る。
本来の歴史では永禄三年に桶狭間で亡くなっていたはずであったが其れよりも十年近く長く生きた事になる。義元の死で今川家は新たな時代を迎えることとなるのであった。
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元康は使い番に化けた南陽坊から詳しく話を聞いていた。
「武田の忍び思った以上にやるようだな」
「面目次第も御座いません。本陣に小勢で討ちいるとは探り出せませなんだ」
「薩埵峠や大宮城は持ちこたえているのだな?」
「はっ、氏真様がお戻りになるまで何としても守ると」
「だが、厳しいだろう、御屋形様が亡くなられたことが広がれば士気にも関わる」
「如何いたしましょう?」
「そうだな、こうしてくれ」
暫くして薩埵の今川勢の間で密かに噂が広がった。義元は既に亡くなり駿府に遺体は安置されているが重臣たちは隠していると言うものであったが同時に手傷を負ったが軽症で医師に手当てを受けていると言う物であり、更に思ったより深手で京より天下に名を知られる名医曲直瀬道三を招聘したと言う物であった。密かに今川陣にひそませていた忍びからその知らせが届き武田勢ではその真贋について信玄の御前で意見が交わされた。
「某は兄が義元公を討つのを間違いなく見ております、兄は命を掛けて攻め込み申した、間違いは御座りませぬ」
撤退途中で信綱を失い真田の家督を継ぐことを信玄に認められた昌輝はこう声高に主張した。
「そう思いたいが、義元公は輿に載せられて薩埵の要害に逃げ延びた。万一命を拾っていたら」
重臣の一人がそう言う。
「それは有り得ませぬ!兄者は間違いなく義元公を切り申した」
「じゃが曲直瀬道三を呼んだと言うぞ、それは間違いないことなのか?」
昌輝の返事に被せている重臣に忍びを束ねる渡辺囚獄佑が口を開く。
「今川家より急の使者が京へ出されたのは確認しておる。この時期からすると有り得る話ではある」
「ですが!」
「まあ待て」
言い募る昌輝に馬場美濃は落ち着くように止める。
「いずれにせよこれは好機、今川勢に調略を勧めつつこの薩埵の要害を破り駿府へ攻め込むことですな」
「確かに、力攻めだけでは薩埵を抜くことは困難、ですが守る側に迷いがあれば抜くことが出来ましょう」
「大宮城も開城を迫りましょう」
家臣たちの意見を聞いていた信玄は一言口にする。
「先ずは開城を迫り混乱に乗じて駿府へ進む、御旗盾無照覧あれ」
家臣たちも唱和して軍議を終えたのであった。




