一九話 同盟破棄即合戦
甲斐国 躑躅ヶ崎館
「そうか、今川の小倅は坂東へ行ったか」
「は、好機来たれりですな」
甲斐に戻り武田信玄に目通りした菅笠の男は氏真が北条の助勢に向かったことを報告した。彼の名は山本十左衛門尉、山本勘助の婿養子にて勘助が川中島で戦死してからは嫡男の管助が成人するまでの名代として仕えていた。
「御屋形様、直ちに支度を致しましょう」
馬場美濃守が立ち上がり陣触れを行うため部屋を出ていく、山県昌景は信玄に頭を下げ告げた。
「御屋形様、我が山県の赤備えは既に出立の準備は整っております。{兵は神速を尊ぶ}と申します。直ちに先駆けとして駿河へ向かいまする」
「行ってくれるか、我も兵を整えたら直ぐに向かおう」
「はっ!」
山県が勇躍し部屋を飛び出す。それを見ながら信玄は部屋にいた者に声を掛ける。
「其方にも働いてもらうぞ、義元の首持って来てもらう」
「お任せあれ、必ずや」
こうして武田は動き出したのである。
□
駿河国 今川館
「遂に動いたか…」
義元は国境を監視していた斥候の報告を受けていた。
「赤備えの武者たちが大宮城に迫っているか、城主の富士兵部に後詰めせねばなるまい、陣触れを行え」
今川家は寄親寄子の制を取っており軍役の整理が進んでいたため早くも今川館には数千の兵が集っていた。
「忠胤よ、先発し大宮城の後詰めを頼む、武田の先陣は音に聞こえた赤備えじゃ、遅れを取るでないぞ」
義元に先陣を命じられた庵原忠胤は一門の庵原忠縁や忠政達と共に勇躍出立した。
「遠江衆が到着し次第我らも出立する。信置は先鋒を勤めよ」
「承知仕りました」
朝比奈信置が出陣の準備の為退出する。
「元康にも後詰めを頼みたいところだが長島攻めの真っ最中だからの、無理は言えぬか」
こうして義元は合流した遠江衆と共に出陣する。
□
伊勢長島
元康は伊勢長島攻略に取り掛かっていた。彼は尾張を制した時から既にここを攻略するために手を幾つか打っていた。その一つが伊勢北部の小豪族の集まりである{北勢四十八家}と呼ばれる存在であった。これらの中の幾つかがが一向一揆に参加していることが既に分かっており近江の六角と手を結び六角側の梅戸や千種等の領主らと硬軟取り交ぜて攻略を進めていた。そして開始から僅かの日数で長島の開城に漕ぎつけたのであった。
元康side
あの信長でも3度の攻略でやっと落とし多大な犠牲を払った長島だが牙の方は既に抜いている。
北勢四十八家は既に一向一揆側の家は完全に潰している。そして本願寺の寺である願証寺の方には顕如から手を引くように命が来ている。その為願証寺四世の証恵は寺を出て石山に退去している。そして長島に隣接する市江島を本拠とする服部党の主である服部友貞は俺に仕えている服部半蔵とは別系統だが今川家に協力して居た関係で最初からこちらの味方をしており味方の居なくなった長島は一月も持たずに降った。武田の手の者も居たがうまく討ち取れたようだ。
そしてその過程で活躍した者たちが俺の前にいる。
「弥八郎、大儀であった」
「殿、本多弥八郎以下の者達の帰参のお許し感謝いたします」
そう、三河の一向一揆の後徳川家を去っていた本多正信らが願証寺からの証恵の退去の交渉を担い、さらに武田の間者の駆逐も行いその功で帰参を果たしたのだ。
「それと、長島にて知り合った彼らを推挙いたします」
弥八郎が後ろに控えている者たちを示した。
「日根野弘就でございます、控えるのは弟の盛就、吉就に御座います」
「おお、美濃の御家中であったな。長島に居られたのか」
確か、斎藤龍興が織田信長に美濃を追われたときに今川家に来て氏真に仕えることになったはずだ、本来の歴史であれば、そこを徳川と武田に追われ浅井長政に仕えるんだがそこも滅ぼされて伊勢長島に流れ着く訳なんだがこの世界では今川に斎藤家が滅ぼされたからそのまま長島に行ってたらしい。
「本多殿に声をかけて頂き感謝しております。尾張・美濃を瞬く間に纏め上げ山科での三好討伐、そして此度の長島攻め、我が主に頂くに相応しき方に巡り合うことができ申した」
「おっおう」
なんか凄くキラキラした目で見られてるんだけど。そんなの徳川元康には似合わないよ!
その目に耐えきれず悶えそうになっている所へ使い番が駆け込んでくる。ん?よく見ると南陽坊の配下じゃないか。
「殿、駿府よりの急報です」
使い番が渡してきた書状を開く。
そこには「義元公御討ち死に」と書かれていた。
なおこの小説はフィクションであり登場する人物・団体・組織等は完全な架空の存在です。
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