7.仮面舞踏会前の弊害
ーーわたくしは、贈られてきたという衣装等を前に、絶句していた。
「…………ミラ」
「なんでしょう、お嬢様」
「わたくしにはこれが、エリザベートの衣装に見立てた衣装に見えるのだけど……気のせいと言って頂戴」
今流行りの仕立て屋のロゴが入った箱からのぞく真紅の衣装は、お伽噺に出てくる残酷な伯爵夫人のドレスにそっくり。
「気のせいではないかと……」
「マダムはわたくしが、伯爵夫人エリザベートのお話が苦手と知っていたはずよね? だって、あの方が泣くわたくしを面白がって読み聞かせていたものだものね?!」
アルフ王国の人間ならば誰でも知っている、怖いお伽噺に出てくる伯爵夫人エリザベートは、残酷で加虐趣味の持ち主……
お話で彼女は自分の美しさを保つためだけに乙女の生き血をすすったり、自分の欲望のためだけに若い男を拷問したりする。
わたくしの嫌いなお話のひとつね。
「ご愁傷さまです、お嬢様。ちなみに、小物としてエリザベートの愛用していたと言われる鞭と…「それ以上はいいわ。言わなくて。でないと、泣きそうよ、わたくし」
もういいから、と言って支度をしてもらう。
こうなれば、マダムに何を言ったところで無駄だ。あの人は、言って聞くような人間ではないから仕方ないわね。
けれども、だからって、こんなチョイスはないわよね……嫌がらせかしら、もう。
うなだれながらも、ミラに衣装合わせを手伝ってもらう。
真紅の、お伽噺に出てくる古い型のドレスを今の流行にあわせてアレンジしてあるそれは、黒のレースや胸元の薔薇のモチーフが妖艶な、素晴らしいものなのに、小道具がそれを台無しにしているようなそんな感じの出来映えだ。
鏡を見ながら、ため息をつく。
なんなの、鉄扇と鞭なんて……どこにしまえというのかしら、あの人は!
「なんというか……鞭も鉄扇も舞踏会用に作られていて、素晴らしいというか、技術の無駄遣いというか……」
「わたくしもそう思うわ。繊細な装飾なんて、鞭には必要ないわよね。扇に鉄の要素も必要ないわ…………」
あぁ、アズーリとお兄様になんて言おうかしらぁ。
特に、鞭と扇…………
繊細な作りの、蝶をモチーフにした仮面も、大胆かつ妖艶なドレスもこれだけならば何の問題もないけれど、小道具を追加しただけでとんでもないことになってしまう。
けれど、持っていかなければマダムになにかと言われるだろうし。
これはちょっと、婚約者が被虐趣味にはしった時ぐらい悩めるわ。
「どういたします、お嬢様?」
「と、とりあえず持っていくわ」
鏡の前で、悩みながらもわたくしは答える。
よく考えたら、持参されるよりはましなのではなくて? 顔も見えないし、さっさと帰ってくれば問題はきっと起こらない……はず。
「わかりました。では、鞭はとりあえず腰のところの大きめのリボンのところに、しまっておきましょうか。扇は…………」
「人を殴らなければ、鉄製だとは分からないわ。レースやリボンで装飾されているから」
「では、扇だけ手に持つということで」
てきぱきとドレスの丈や、コルセットのラインを調べながら提案してくるミラに、わたくしは頷く。
ミラったら、頼もしい!
複雑に髪を結われて、全身をもう一度確かめる。
「これでいいわ。ありがとう、ミラ」
髪飾りまで確認してから、また髪をほどいてもらい、ドレスを脱いだ。
それだけで、一気に疲れた気がするわね。
ほっと息をついて、わたくしは椅子に座り込んだ。頭を抱えて舞踏会を憂う。
「憂鬱ねーーーー」
小さな声が、部屋に落ちて消えた。
余談だけれども、ドレスや靴のサイズは衣装合わせなんていらなかったかしらと思うくらい、ぴったりだったわーーーー
被虐趣味の方々よりも、マダムのほうが、ずっと厄介ね。
そう思いながら、わたくしはドレスの滑らかな生地をそっと撫でた。