第九話 真実と選択
ーー広場
「ハァハァ……そんな事言われて、信じられるかよ!」
あまりの事実に、俺は呼吸が思わず乱れ始めた。こいつらは綺麗事のように言っている。けど、結局のところ俺を生かそうとしていたのは、俺に残りの人生を背負わせるためだったって事か?そんな事到底、納得出来るわけがなかった。
サキが哀愁漂う顔でこちらを見つめている。
「なら、思い出してみて。貴方は昔の事一つでも思い出せる?」
俺はサキが言う通り、必死に頭を抱えて思い出そうとした。しかし、俺に残っている記憶は何も無かった。呼吸を整えながら先を睨んだ。
「俺が何も覚えていないのは、俺が過去を忘れたいという望みから生まれた人格だからか」
「そうよ。男なのは、きっとユカの奥底に眠る望みもあったでしょうね」
俺はもう、立ち上がる事すら出来なくなっていた。
「ヨウスケは、私の生きたいという気持ちをとても理解してくれた。だから私に協力をし、裏切り者として目立つよう行動してくれたの。優しい子だったわ……」
サキは、ヨウスケの死体に目を向けた。
「けど、待っていればどのみち全員死ぬ命令なんだろ?なら、何故今このタイミングで全員を殺したんだ?」
サキは少し肩を落としてこちらを向いた。
「念の為よ。私が生きるためには、万が一にも失敗はあってはならない。コウヘイが命令で死ぬタイミングで残るはタカシだけだった。そして、主人格のユカが死んだ影響で人格自身の力で消滅させる事が可能になったからよ」
「ヨウスケと協力してタカシを殺した後は……」
そう言って、サキは多くは語らなかった。おそらく、サキが手をかけたのだろう。
「それに本来の命令では生まれた順の逆から。つまり、六番目から消えていく予定だったの。けど、私が命令を書き換える方法を見つけて、消える順番を変更したの」
「つまり、自分が最後になるようにという事か」
「そういう事。だから、最初にゲンジが死んでいた時は皆焦ったでしょうね。誰かが、命令を改竄したってね」
感じていた違和感が繋がっていく。ゲンジが死んだ時の反応とユカが死んだ時の反応は、タカシから死ぬはずの順番がズレていた事へだったのだ。言われてみれば、タカシを見た時のユカは一瞬揺らいでいた。そして、あの時のコウヘイが言っていた言葉を思い出した。
『……すまない、訳は話せない。だが、一つ約束する。俺が生きてる間はお前を死んでも守り抜く』
つまり、こいつらは命令によって全員が死ぬまでに、万が一にも俺が殺されないようにと守るように動いていたのか。
俺への気持ちではなく、ユカの命令を遂行するために忠実に動いていたというのが真実だった。
「けど、ユカの体の筈だろう。本人の脳への命令をサキがそんなに簡単に変えることは可能なのか?」
「簡単なわけないじゃない……」
フフッと不敵に笑みを浮かべながら、サキが腕を組んだ。
「私が計画に協力するために、ユカは人格消滅の命令を設定する方法を教えてくれた。だから私は知っていたの。命令がどう作られているのか」
「それで……順番を?」
「そう。最初はそんなことができるなんて思ってなかった。でも調べているうちに気づいたの。命令そのものを止めることはできなくても、消える順番なら変えられる」
サキは胸に手を当てた。
「私はユカ自身の生への執着の塊よ。生きるためなら、どんなことでもする。だから、自分が最後になるように変えた」
サキの生への執着。
それがどれほど強いものなのか、俺にはもう理解できない。
俺はふと思い出した。あの時、メモに使ったノートがユカの部屋から見つかった事もサキの作戦なのだろうか。
「メモがユカのノートから千切られた様に見えたのは……もしかして、皆が少しでも撹乱する為に変えたのか?」
「少しだけ違うわ。変えたのはヨウスケよ。人格交代でみんなが寝てる間にね。それ以外は正解というところね」
「何故ヨウスケはそこまでの協力を……」
「彼が、ユカよりも私の気持ちを理解してくれたからよ」
ユカが計画した命令は、皮肉にも一番信頼したサキによって裏から操られていたものだったのだ。
しかし、一つだけ大きな疑問が残っている。サキは人格が消滅する順番を自分が最後になるように改竄したが、その後はどうするつもりなのだろう。俺は、サキへ最後の質問を投げた。
「なぁ、サキ。概ねは分かったよ。けど、命令は実行されているんだろ。止めたりする方法は無いのか?」
「……残念ながら、無いわ。止める方法だけは私でも見つけることが出来なかった。けど、私だけで止める方法は見つからなかったの」
俺は思わず、後退りをした。
「まさか……俺を使えば命令を止められるのか!?」
サキはまた俺を見て、ふふふと笑いかけてきた。
「半分正解ね。正確には……私に代わって、ツバサがこの命令の最後の犠牲となる事だけよ」
ーーこの瞬間、俺は究極の二択を突きつけられた。
一つは、ユカの母体の主人格として、残りの人生を生きること。もう一つは、サキに代わって命令の最後の犠牲となり、消えること。
どちらを選んでも、誰かの願いが叶う。ユカは、俺に過去を捨てて生きてほしかった。サキは、自分が生き残りたかった。そして俺は、そう願った人たちから生まれた存在。
では、俺自身の願いはどこにあるのだろう。
生きたい!と思うことは、本当に俺自身の意思なのだろうか。俺は「生きるために生まれた」のか。それとも、誰かを「生かすために生まれた」のか。
もし俺が生き残ればサキが消える。サキを生かせば俺が消える。ならば、この二つの命に一体どちらが生き残るべきなのか。
あぁ、自分の人生を生きたいように生きられる人たちがなんて羨ましいのだろう。
そう思う俺の目の前には、サキがいて俺の答えを待っていた。




