最終話 七番目の殺人
第十話 生きるという事
サキは黙ってこちらを見ている。
「そんな選択肢から選べって言われても、選べるわけないだろ……」
サキが少しため息を漏らして、話した。
「なら、ユカはどうなるの? あの人は、選択したわ。自分としての人生は死ぬ。けれど、他の人に託すという形でね」
「それはエゴだよ。託すなんて綺麗な言葉で片付けないでくれよ。残されるサキか俺は、押し付けられるようなものじゃないか!」
うぅ……
俺とユカ以外の誰かが声を漏らした。床に目をやると死んだと思っていたタカシが、苦しそうな息を漏らした。
「タカシさん!」
俺は慌てて駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「うぅ……っ、その声……ツバサさん……ですか?」
「あぁ、そうだよ! しっかりしろ!」
タカシが死戦期呼吸を漏らしながら、俺の手を握った。
死ぬ間際とは思えないほど、その手はとても温かかった。
「計画とはいえ……こんな事に巻き込んでしまったこと、本当に申し訳ありません……っ」
「今はいいから! もう喋るな!」
「ツバサさん……ユカさんの分まで生きてください」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
「あの人は、生きたくても生きることが出来なかった。いや……あの人は、あの人らしく生き抜いたんです……」
確かにユカは、自分としての人生を終わらせることを選んだ。それを「生き抜いた」と呼んでいいのかは、俺には分からない。
「お願いです……どうかユカさんの想いを……」
ガクッ
握っていた手から力が抜けて、タカシは息絶えた。
「……俺は、一体どうすれば……」
「あと一日よ」
サキが静かに答えた。
「私以外が全員死んだ。だから明日には、命令が私に回ってくるわ」
「くそ……! 他に方法は無いのか!」
俺は必死に頭を働かせた。
「そうだ……サキが俺を殺せば、サキが生き残れるんじゃないのか?」
少しの沈黙が広場を包んだ。やがて、サキが口を開く。
「……残念だけど駄目よ」
「どうして……」
「もし私がツバサを殺したら、命令はこのまま実行される。つまり、全てあなたの決断に委ねられているの。決断ができたら声をかけて頂戴。私はあの部屋で待ってるわ」
そう言ってサキは、この血塗れの広場を後にした。奥にある、あの部屋へ向かっていく。こうして俺の望みは絶たれ、二つに一つを選ぶしかない事を再認識させられた。
「せめて……安らかに」
手でそっとタカシの目を閉じ、俺は一度自分の部屋へと戻った。
ーー七番の部屋
俺は、みんなの願いによって生まれた。
ユカは、俺に過去を忘れて新しい人生を生きて欲しかった。俺はその願いを素直に汲み取るべきなのだろうか。ユカの願いを叶えるために、サキを殺すのか。それとも、サキを生かすために、俺が消えるのか。ベッドに座り、天井を見つめる。
「……違う」
俺は小さく呟いた。
「俺は、誰かの願いを叶えるために生きるんじゃない」
これまで俺は、ずっと誰かに与えられた選択肢の中から答えを選ぼうとしていた。けれど、それでは結局、俺は最後まで誰かの人生を生きることになる。そのどちらかを選ぶだけなら、俺自身の人生なんてどこにもない。
「俺は……どうしたいんだ」
生まれた理由すら、自分で決めたわけじゃない。それでも――
一つだけ、確かなことがあった。
「……死にたくない」
それは誰かに植え付けられた願いなのかもしれないし、ユカが望んだものかもしれない。または、母体に残っていた、生への本能なのかもしれない。
「俺は……生きたい」
その言葉を口にした瞬間、少しだけ胸が軽くなった。だが、サキを殺すという答えにはどうしても辿り着けなかった。
その時、ふと頭の中に一つの考えが浮かんだ。あまりにも馬鹿げているが、それしかない。俺は立ち上がってあの部屋へ向かった。
ーー人格操作室
重たい扉を開ける。扉は以前よりも少し重く感じた。サキはモニターの前に座っていた。
「決めたの?」
「あぁ」
サキはこちらを見た。
「どちらを選ぶの?」
「……俺は、生きるよ」
サキの表情が僅かに変わった。
「そう……」
「でも、俺は死ぬ」
「……え?」
「何を言ってるの?」
「俺は俺だけの答えがある。七番目の俺だからこそ」
サキの顔が歪んだ。
「これが俺の答えだよ。俺はーー」
サキが俺の話を聞いて、目を丸くした。
「……そう。それが貴方の選択なのね。残念だわ」
そうして、俺は七番の部屋へ戻った。
ーー次の日
「受刑番号13666番、面会の時間だ」
受刑番号が呼ばれて、面会室へと歩いていく。もう脳内に、他の人格はいない。
ガチャッ
「おぉ、高崎さん。お久しぶりです。元気ですか?」
精神科の先生が面会に来ていた。
「はい、今はとても良好です」
「そうかそうか、それなら良かった。それと……今はどの人格さんですかね?」
俺は少し黙った後、重たい口を開いた。
「実は、色々あって他の人格はいなくなったみたいなんです。だから、今はユカだけです。少し寂しいですが、私だけになりました」
「そうなのかい。ユカさんがそれで良ければ、構わない。まだ長いと思うけど、今のまま模範囚として頑張ってくださいな」
はい、と俺は小さく返事を返した。
俺は、七番目の殺人をしたのだ。
それにしても、なんだか今日の太陽は狂おしいほど輝いて見えていた。




