第八話 計画と願い
「私が話すのは、あなたがここに生まれた日の前日までに起きたこと。そして、私達の計画」
唾をごくりと飲み干して、俺は手をぎゅっと握った。
ーー俺が生まれる35年前
サキの話によると35年前、主人格の高崎由佳はこの世に生を受けた。公務員の両親を持ち、東京郊外に家を持つごく普通の家庭であった。
収入も安定しており、何不自由ない生活が約束されていた筈だった。
だが、ユカの父親は実の娘であるユカとその母に日常的に暴行をするという救い用のない人間であった。職場で上司のサンドバッグにされている腹いせを家族で発散していたのである。
それだけで済むなら、ユカはまだ耐えることが出来た。しかし、ユカが13歳の頃事件は起きる。母は留守であった。
「やめて!お父さん!」
「うるさい!どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって。とうとう、上司はお前は本当に男なのか?とまで言ってきた!俺だって、俺だって…」
そう言いながらユカをベッドに縛り付けて、自分のズボンをスルスルと下ろした。
「お前が俺の受け皿になれ!」
そしてその日父は、ユカを6回に渡って犯した。ユカはこの世に絶望した。この世から消えたい。誰か私を助けて……
その日、耐えきれなくなったユカはその願いからコウヘイという人格を生み出した。
「……どこだここ」
そして、コウヘイはユカと共にこの地獄を歩むことになった。コウヘイを中心として以降は父親に抗い続けようと、ユカとコウヘイで決意した。
ある日、
「お前、ユカじゃないな?」
「うるせえ!俺はコウヘイだ。これ以上、やるならお前を殺してやる」
「……っなるほど、ショックを受けたせいで人格が変わったのか!なら、抗えばいい。この痴態がネットに晒されていいならな」
父はスマホを取り出し、今までの動画を盗撮し、保存している事を仄めかした。私はこの人の前ではどうしようも無く無力だと思い知らされた。
それが直接の原因ではないが、誰にも心を開かなくなった私は、学校でもいじめの対象となった。家の中にも外にも救いが無いことを齢13にして、理解をするのにそう難しくはなかった。
そして、私は救いを求めて学校の屋上へ登り、飛び降りを図ろうとする。
「ユカ、ダメだ!」
「もうどうだっていいの」
そう言って足を進めた。崖に足をかけた時、誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「嫌!死にたくない!」
そうして生まれた人格がサキである。ユカの心の奥底に眠る生への渇望。その意思によって、サキは生まれた。
「私は何があっても生きたい。例え、本当に父を殺すことになったとしても」
決死のサキの説得もあり、ユカは一命を取り留めたというべきか。またしばらくはこの世に存在することにした。
学校でのいじめと父からの暴力にもコウヘイとサキの助けもあり、何とか高校を卒業するまでに至ることが出来た。そして、卒業と同時に家を出ることにした。
ユカも社会人になり、順風満帆とは言えないが細々と生活を送っていたある日。父は突然ユカを訪ねた。
「ユカぁ、元気か?」
訪ねてきたのは、家を出た時とは比べ物にならないくらい見窄らしい父と、後ろに黙りこくった母だった。多くは聞かなくとも、生活がまともにいってないのは明らかだった。
「家無くなっちまったからさ、今日から母さんとここに住むな。じゃあよろしく」
「い、嫌よ!出て行って!」
「黙れ!また痛い目見せてやろうか!」
私の腕を父は振り解き、ずけずけと家の中へ押し入った。母は子供の頃と同じで、何もしてくれないままだった。
「駄目だ、ユカ!」
コウヘイが頭の中で制止するのを聞かず、私は父の腹を後ろから刺していた。手に嫌な感触が残る。
「うゎぁぁ、い、痛い!!」
父は畳に倒れ、血が辺りを真っ赤に染める。その刃を持ち、隣にいた母の胸も貫いた。倒れる母は優しい声で私に言った。
「こんなところに産んでごめんね……」
私は絶望した。警察が来るまでの間、私は血に塗れた母の死体に寄り添う。その間、父が持っていたライターで火をつけ、部屋を燃やした。警察が来たのはその後だった。運悪く、引火で燃え上がり、父、母以外の被害者などは出さなかったもののアパートが全焼した事から殺人にプラスして放火も罪状に入ってしまった。
そして、あまりにも大きすぎるショックのせいで三人の人格が生まれてしまった。
人の気持ちを理解するため、人の怒りを引き受けるため、人の罪悪感を引き受けるため。
それぞれの役割を持つ人格として、ヨウスケ、ゲンジ、タカシが順に生まれたのである。
その後、裁判となり他の人格が決死の努力をしたが、努力も虚しく判決は無期懲役となった。
ーーとある日のユカの脳内
ユカとサキはすっかり打ち解けて、何とか平穏に過ごしていた。だが、ユカの中に眠る希死念慮は消えることがなかった。
「六人の人格が生まれて、随分経つわね」
「そうですね、もう5年以上経つと思います」
「私ね、消えようと思うんだ。もう、充分人生を楽しんだし」
「……その気持ちは父と母を殺めた日から、変わることはありませんでしたか?」
「申し訳ないけど、そうね」
ユカは、神妙な面持ちでとある計画を皆へ話した。
「皆、大事な話がある……私ね、もう生きる事に疲れてしまったの」
涙ぐみながら、ユカが皆へ話し始めた。どうした?とか大丈夫か?と言った声が周囲から上がる。
「ありがとう。それでね、全てを終わらせるために計画をしたわ。それはね、六人の人格を犠牲として新たに七番目の人格を生み出すことよ」
周囲がざわつき始めた。サキの話によると、計画の全容はこうだ。
①ユカの脳内に六人の人格が消滅するよう命令を出す。
②六人の人格が消滅する命令がきっかけとなりユカの脳にとても大きいショックを生み出す。
③そのショックをきっかけに俺という七番目の人格が生まれる。
④六人の人格が全て消えた後、七番目の人格が母体ユカの主人格となる。
というものだった。
「皆、本当にわがままな最後のお願い聞いてくれる?」
「あぁ、ユカが望むならな」
「わ、私もユカさんに従います」
コウヘイ、タカシが声を上げてサキ、ヨウスケ、ゲンジはコクリと頷いた。残りの人生を刑務所で暮らすことが確定していること、ユカ自身の人望もあって、計画に反対する者は現れなかった。
実際、ユカ一人の力で計画を遂行する事はかなりの困難であった。そこで、ユカが一番信頼しているサキと共に命令の準備をして完成させた。しかしそれが、ユカのたった一つのミスとなってしまった。
そうして、俺が生まれたあの日、脳への人格消滅の命令が実行されてしまった。
ユカが望んだ七番目の人格とは『過去を忘れて新しい人生を生きる』ための人格だった。
これがユカ達による『計画』であった。




