第5話 かつて二人が歩んだ道
「ふむ。実に有意義な時間よ」
「……それは良かった」
竜は前足を伸ばしながら、大あくびをした。
口内に並ぶ牙は、下手な剣よりも鋭い。噛まれでもしたらひとたまりもないだろう。
「さて、人の子よ。最後に何故、貴様がここに至ったのかを聞かせよ」
好奇心の籠った視線が、俺を上から下まで舐めるように動く。
「私はローウェン帝国の皇子でな。隣国であるサヴァニア連合との戦の最中、配下の謀反により敗走した。その最中、命からがらこの地に逃げ込んだのだ」
「ほうほう。一国の皇子であったか。それで、外が騒がしかったわけか」
「夜が明ければ直ぐにここを発つ。それまではどうかご容赦いただきたい」
竜はゆっくりと瞬きをした。
「よかろう。帝国とやらに貸しを作るのは悪くない話だな」
「……有難い。追い出されてはどうしようかと考えていたところだ」
「それもまた面白い話よな。竜に追い出される皇子、か。悪くない」
話好きのこの竜は、何やら楽しげにああでもない、こうでもないとぶつぶつ呟き始める。
そんな様子を眺めながら、俺は抗えないほどの睡魔に襲われていた。
「安心して眠るがいい。物語の礼もある」
竜はそう言うと、そっと長い尾で俺を体に引き寄せた。
頬に触れた鱗の感触は滑らかで、仄かに暖かい。それが急速に俺を眠りへと誘っていく。
***
目が覚めると、すっかり日が昇りきっていた。
体はまだ痛むが、動けないほどではない。
「起きたか」
俺を包み込むようにして眠っていた竜は、片目を開けてこちらを見た。
「昨日は助かった」
「物語の礼と言っただろう」
「それでもだ」
「もう発つのか」
「ああ」
短く答えると、竜はゆっくりその巨体を起こして猫のように伸びをした。
ぎしぎしと鱗が擦れる音がする。
「そこの木々の間を真っすぐ行けば、外に出る。貴様を追っていた奴らの姿もない」
「……本当か?」
「何故疑う?」
「いや、何だかまだ夢心地のようでな」
竜に出会った時点から、未だに夢心地ではあるのだが。
今はまた別の理由がある。
「我を見た奴らは皆そう言う」
「だろうな。竜など滅多に見れるものじゃない。――それじゃあ」
俺は竜に向き直り、深々と礼をした。
「本当に助かった。この礼はいずれ必ず返そう」
「その言葉、しかと覚えたからな」
竜は鼻を鳴らした。
どうせ、返しに来ないだろう――そんな風に思っているのかもしれない。
その仕草は、昔から変わらない。
名残惜しくも竜に別れを告げ、俺は森の中を突き進む。
――俺にはやらなければならないことがある。




