第3話 竜
――月明りに照らされた黒い鱗は白銀の鎧すら霞ませる輝きを放ち、闇夜に浮かぶ二つの黄金の瞳は、猛禽の如く鋭かった。
「……竜」
俺は喘ぐように呟いた。
それは御伽噺の中だけに存在する筈の幻想。
――ベオルグの森には竜がいる。
そう語られたものが、俺の目の前に蝙蝠のような翼を広げて佇んでいた。
「何やら外が騒がしいと思っていたが、その身なりからして――貴様が招いたものか?」
黄金の瞳が、俺を訝しげに射貫く。
恐ろしくも、美しい。そんな形容がこの世に存在するとは、この時まで俺は知らなかった。
「……気分を害されたのなら謝罪をしよう。俺が想像しているものと、貴方が問うたものが同じであるならば、それは俺が招いたものだ」
「ほう? 謝罪を受け入れる前に、貴様の名を聞こう」
俺はごくりと唾を飲んだ。そして、ゆっくり口を開く。
「私の名はルカ。ルカ=ローウェン」
「ルカよ。数百年振りにこの地を訪れた人間よ。貴様の謝罪を受け入れよう。しかし――」
竜は河原に身を横たえ、鎌首を擡げながら俺を見下ろした。
「我は退屈だ。何か物語を語ってみせろ」
「物語……?」
思わぬ要求に、俺は竜の言葉を反復する。
物語の登場人物から、物語を語れとは――何とも奇妙な話である。
「何でもよい。いや、井戸の魔女の話は聞き飽きた。それ以外だ」
――井戸の魔女。
子どもの躾のためによく読み聞かされる童話の名前だ。
「さあ、人の子。語れ」
「……そ、それでは、『狼になった羊』の話はどうだろうか」
「知らぬ話だ。聞かせよ」
これが俺とベオルグの森の竜との出会いだった。




