手紙
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします!
石垣に囲われた裏庭はちょっとした秘密の花園みたいだ。
苔むした小さな噴水があったりわざと朽ちかけさせたようなレンガの小道があったり、そんな小道の脇には色とりどりの花たちが競い合うように咲いている。
庭師が小さなブランコを作ってくれたことも居心地がいい理由のひとつだ。
前世のブランコのように大きくは動かせないけれど、七歳の私にとってはブランコに座ってゆらゆらするだけで笑い声が出てしまうくらい楽しい。
前世のイングリッシュガーデンにも似た裏庭は気晴らし的にも体力をつけるためにもちょうどよくて、表庭へ行けないときはもっぱら図書室かこの裏庭にいる。
ベンチに座ってメルヘンチックな蔦這う屋敷を眺めるだけでも心が和む。
体調も今ではすっかりよくなって、外も普通に歩けるようになった。
たまにぼんやりすることがあるくらいだ。
まだ表庭の太初の庭を歩くことは禁止されているが、護衛で従僕のハワードが連れていってくれるしサマーと一緒でも行けるのだから不満はない。
今日は、裏庭にテーブルセットを持ち出してめずらしくひとりですごしていた。
というのも、この屋敷で私がひとりですごすことはほとんどない。
蔦のお屋敷は花のお屋敷より使用人が多いようで、私付きのメイドであるポーラに屋敷内の仕事が回ってくることがないためいつも一緒なのだ。
それにベテランのサマーもよく傍にいてくれる。
ポーラは一緒だと友だちが傍にいてくれるような慕わしさを感じるが、サマーは気配を消すのが上手いせいか傍にいても全然気にならない。
長いこと一緒にいても存在を忘れていることもしばしばだ。
ポーラはそんなサマーを尊敬していて、いつか自分も彼女みたいになるんだと目下訓練中だとか。
気配を消す訓練って一体どんなものかしら……?
実は今もポーラは訓練を行っている。
聞いても教えてはくれないけれど、やる気がみなぎって楽しそうなポーラを見ると何だか私の方まで前向きになってくるから不思議だ。
「私も頑張らなきゃ!」
むんっと胸の前でこぶしを握って、テーブルに広げた地図に向き直った。
今の私が頑張ることと言ったら庭にある植物の調査。
いや、頑張ると言うより楽しみと言った方が正しいのだけれど。
庭のどこにどんな植物が生えているのか。
それはどんな花を咲かせてどのような実をならせるのか。
特徴はどういうもので特異な薬効や毒性はあるのか。
植物図鑑と睨めっこしながら、庭の植物分布の地図とお手製の植物図鑑を作っている最中だった。
最終的には太初の庭を網羅できたら最高だと思っている。
今はまだ屋敷の周りだけだが、それでもマイ植物図鑑は二冊目に入ろうかというほどここは植物の種類が豊富で内容も濃い。
図書室の何十冊もある分厚い植物図鑑から該当する植物を探し当てたり別の植物の本には別の情報が載っていて慌てて書き足したりと作業はとても大変だけれど、その苦労さえ楽しいと思ってしまう。
何よりわくわくした。
きっと私にもバークレー家の血が色濃く流れているんだわ……。
テーブルに広げた手作りの庭の地図を眺めながら、アルノルド叔父さまの動植物に対するマニアぶりを思い出して微苦笑する。
「ジュリエッタお嬢さま」
そんな私の元にポーラが戻ってきた。
訓練とやらは終わったのかと顔を上げると、銀色のトレーを掲げている。
「ジュリエッタお嬢さま、お手紙です。王宮からお戻りになった大旦那さまからお預かりしてまいりました」
ポーラの持つトレーから手紙を取り上げて喜びの声を上げた。
「わあっ、アントンからだわ」
自分宛の手紙というのはいつだってわくわくする。
前世だったら電話やSNSなどで簡単に繋がりあえたのに、この世界で誰かと連絡を取るには手紙という手段しかない。
不便だが、だからこそ手紙が貴重で楽しみになった。
まだ私には知り合いもあまりいないため、その手紙だってほとんどもらえない。
以前はお祖父ちゃまとお手紙交換していたが、お祖父ちゃまの屋敷に来てからはアントンからたまに送られてくる手紙が唯一だった。
そう、アントンが手紙をくれるのだ!
アントンは定期的に王宮の蝶の研究所に通っているため、お祖父ちゃまを介してこれまで二通も手紙を送ってくれた。
アントンからの手紙は研究所がどんなところか教えてくれる楽しいもので、今回も研究所の洞窟エリアの素晴らしさが書き連ねられていたが――。
「大変! お祖父ちゃまに相談しなきゃ」
手紙を読み終わってすぐに立ち上がる。
テーブルいっぱいに広げていた地図やら図鑑やらを片付けるのももどかしく駆け込んだのは皆が団欒する二階の談話室。
そこにはアントンからの手紙を届けてくれたお祖父ちゃまの他に、アルノルド叔父さま改めアル叔父さまもいた。
ちなみにエルマンノ伯父さまのことはエル伯父さまだ。
「お祖父ちゃま! どうしよう。アントンがこのお屋敷に遊びに来たいって言ってるの。どうすればいいかしら」
お祖父ちゃまが座るソファの隣に腰かけて手紙を見せた。
「おやおや、これは楽しみだねえ。アントンが来てくれたらジュリももっと元気になるだろう。楽しいことをいっぱい計画するといい」
「でも、でも……いいの? このお屋敷に私がお客さまを招待しても」
「何を遠慮するんだい。ジュリはうちの子なんだから自分のしたいことを好きにしていいんだ。ジュリがやりたいと思ったことを何でもやればいい」
「……ありがとう、お祖父ちゃま」
もじもじと膝の上で手紙を触りながらはにかむ。
向かいのソファに座るアル叔父さまがこぶしを握って悶えているのが不思議だ。
アル叔父さまってたまにあんな風になるのよね……。
僕のアップルモモンガなんて変なことをぼそぼそ呟いてるし。
アントンからもらった手紙には、お祖父ちゃまから私が少し元気になったと聞いたらしく、だったらお屋敷を訪ねたいと書いてあった。
私が手紙で自慢する庭が見たいとも。
これって遊びに来たいって意味よね。
どうしよう……。
今世で誰かが遊びに来るなんて初めてだから何をすればいいかわからないわ。
アントンは蝶が好きだから、この辺りの固有種だっていうギンブチモミジ蝶を一緒に探したらどうかしら?
お屋敷にあるたくさんの魔道具を見て回るのも楽しいかも……?
でもでもやっぱり表庭である太初の庭を散歩するのは外せないわ!
いろいろと考えるのが楽しすぎて頭がクラクラしてきた。
「したいことが多すぎて困っちゃう……」
思わずもらした言葉にお祖父ちゃまが噴き出す。
そんなお祖父ちゃまが恨めしくて思わずじっとり見つめた。
「う~……笑うなんてひどいわ」
「ほっほっ、仕方なかろう。ジュリがあまりに可愛いのがいけない。それにジュリ、したいことを考えるのも大事だが、アントンを迎える準備も大切だよ。おもてなしも考えなくてはねえ」
「お祖父ちゃま、おもてなしって何をすればいいのかしら?」
「ドレスを作ろう! ジュリがどんなに可愛いかお披露目をしなくてはね。とびっきりのドレスで、ジュリの愛らしさを引き出さなきゃ!」
私の問いにお祖父ちゃまではなくアル叔父さまが提案してくる。
「アル叔父さま、ドレスはもうあるでしょう? この前あんなにたくさん作ってもらったからこれ以上はいらないわ。そうだ! あのレモンクリーム色のワンピースを着てお迎えしようかしら。あれだったらお庭を走っても平気だもの」
「ダメダメ。あれはスカートが短い! 走ってジュリの膝が見えでもしたら大変だ。ジュリは可愛いから男に足なんか見せちゃいけないんだ。もっと裾が長いのにしなさい」
「ええ~。アントンは従弟なのに」
「従弟でもダメ。僕が許しません!」
アル叔父さまは年の離れたお兄さんみたいな感じだった。
優しいし、ちょっと遠い場所にも喜んで連れて行ってくれる。
すぐ抱き上げて運ぼうとするのは玉に瑕だが、庭のことは何でも知っているアル叔父さまはとても頼りになるのだ。
けれど今日はシスコンぶりが少し強い気がする。




