おもてなしの準備
遅くなってすみません!
「アルノルド、うるさいぞ。どうしたんだ、大きな声を出して」
「あらあら楽しそうねえ」
こめかみをぐりぐりしながら談話室に入ってきたのはエル伯父さまだ。
屋敷の執務室と、王領地との境にある騎士司令室とを行き来して仕事をしている伯父さまだが、今日は執務室で難しい書類仕事をしていたらしい。
ベラ伯母さまも一緒だ。
「まあ、ジュリのボーイフレンドが遊びに来るの? それは楽しみだわ」
アントンが遊びに来る話をすると、ベラ伯母さまは楽しげに唇を綻ばせた。
むっと顔をしかめたのはエル伯父さま。
「従弟はボーイフレンドとは呼ばん。だが、客が来るならドレスを新調するべきだな。明日、ギザルテを呼びなさい。一番いいドレスを仕立てるんだ。この前好きな色だと言っていた薄紫かアプリコットのドレスがいいだろう。特急で作ってもらうことになるが、なに、割増料金をはずめば――」
「待って、エル伯父さま。ドレスならもうたくさんあるの!」
エル伯父さまの勢いに慌てて待ったをかけた。
以前のサイズで作ってもらったドレスもあるし、新しく注文して今作ってもらっているドレスはその倍くらいある。
皆、本当に甘やかしがすごすぎる。
嬉しくて困って眉尻が下がってしまう。
「その日は私のお気に入りのドレスを着ようと思っているの。ほら、エル伯父さまも可愛いとおっしゃってくださったあのレモンクリーム色のワンピースよ」
「――ふむ、確かにあのドレスはジュリエッタに似合って可愛かった。しかしひとつ難点がある。スカートが短い! あれではジュリエッタの膝が見えてしまうではないか。男相手にけしからん」
あれ……言うことがアル叔父さまと同じだわ。
隣でお祖父ちゃまがこらえきれないというように笑い出す。
「息子たちは本当にジュリが好きだねえ。どれ、それじゃあ私も息子たちの味方をしてやるかの」
お祖父ちゃままで何を言い出すのかと目をパチパチさせる。
「ジュリのお気に入りのドレスも悪くはないが、せっかくのお客さまだよ。まだ着たことがないよそ行き用のドレスを着るいい機会じゃないかね? ほれ、以前見せてくれたピンク色のドレスがあっただろう。襟と袖口に見事なレースがついた。あれを着て、菫の髪飾りを付けるんだ。可愛くなるぞ」
そうだった。
普段着用とは違って外出用のドレスはまだどれも袖を通していない。
出かけることがないためだ。
もうちょっとしたら領都や研究所へ見学に連れていってもらうことになっていて、その時に着る予定だった。
でもアントンが遊びに来るならその日に着てもいいじゃない。
お祖父ちゃまが言うのはピンクみが強いピンクベージュの素敵なドレスだ。
優しいピンク色が愛らしいあのドレスを着て、初めての私のお客さまをお迎えするなんて考えただけでわくわくしてきた。
大好きな菫の髪飾りも付けるなんて俄然その日が楽しみになる!
「いい考えだわ。お祖父ちゃまはすごい!」
「ほっほっほっ」
お祖父ちゃまに抱きつくと、優しい手がとんとんと背中を撫でてくれた。
「っくう、父さんがいいとこ取りした。言ってることはほとんど同じなのに、何でこうも違う!」
悔しがる声に見ると、アル叔父さまがぎりぎりと歯ぎしりしている。
エル伯父さまの顔もぐぐっと険しくなっていた。
そんな二人を見て楽しげに笑うベラ伯母さまが「そうだわ」と両手を合わせる。
「せっかく来てくれるお友だちにお土産を用意したらどうかしら。来てくれてありがとうって手紙と一緒に手作りのお菓子も渡すの。いいおもてなしになると思うわ。おととい一緒に作ったクッキーなんて美味しかったし、どう?」
「伯母さまと一緒に作った木の実のクッキーね。喜んでくれるかしら?」
「ジュリエッタが作ったものを喜ばない男など絶縁するがいい。そんな男に娘はやらん!」
「ふふふ、そうよね。旦那さま、頑張って」
伯父さまと伯母さまのかけ合いはいつも楽しい。
ただ伯父さまの言ってることはちょっと違うんじゃないかと思うけれど。
「伯母さま、もう一度手伝ってくれる? 一人じゃまだ上手に作れないと思うの」
「もちろんよ、一緒に作りましょう。その時にじっくりボーイフレンドのことを教えてね」
目をキラキラさせるベラ伯母さまはアントンとの仲を想像しているのだろう。
お茶会でもよく恋愛話をするし、このお屋敷の図書室に大量の恋愛小説があるのはベラ伯母さまの所蔵だと確信する。
「来てくれてありがとうのプレゼント、お土産かあ。うーん、だったら……ねえ、アル叔父さま。明日、少しお時間はある? ひょんの木のところへ連れていって欲しいのだけど」
「もしかして、ひょんの実のお守りを作るのかい? 従弟のために?」
「誰かのために作ると成功しやすいってお祖父ちゃまが教えてくれたの。だから、アントンのために作ったら成功するかもしれないと思って。だってね、アントンは夏にお見舞いとして氷レモンを送ってくれたのよ。青いレモンのいい香りがしてとても嬉しかったの。だからお返しがしたい」
「――許すまじ、アントン」
「アル叔父さま?」
「コホン……いや、何でもないよ。わかった。明日午前中に取りに行こう」
ひょんの実のお守りとは「精霊の冬ごもりの実」とも呼ばれるもの。
王領地とこの庭にだけ植わっている珍しい木の実を使ったお守りの事だ。
クルミオイルで磨いて艶が出た実を冷え込んだ月夜に外に置いておくと、中に精霊さまが宿るというのだ。
寒さを苦手とする精霊さまが冬眠するためのお宿として使うらしい。
そのおかげでひょんの実のお守りを身に付けていると冬眠する精霊さまが守ってくれるそうだ。
聞いたときは絶対作ると意気込んだのだけれど、これがとても難しかった。
ひょんの実は緑青色をしていて大きさは子供の手の平に載るくらい。
丸かったり細長かったり平べったかったり色んな形をしていて、ぱっと見は前世の栗みたいな感じだ。
が、栗とは違ってひょんの実はとても壊れやすい。
硬質だが表皮が硝子のように薄くてもろく、子供の指でも強く摘まむとパリンと割れてしまう。
これをクルミオイルで艶が出るまで磨くのが至難の業だった。
しかも苦労して磨いても精霊さまが気に入らなかったら宿ってくれないらしい。
そのため、色んな形をしているひょんの実を選ぶところからお守り作りはスタートするのだとお祖父ちゃまが教えてくれた。
なんとお祖父ちゃまは子供の頃に一度だけ作ることに成功したそうだ。
エル伯父さまとアル叔父さま、あと小さい頃にお母さまも挑戦したようだけれど、何度やってもひょんの実を磨く段階で割ってしまったのだという。
私もこれまで七回磨いて七回とも失敗している。
本当にちょっとした力加減で割れてしまうのだ。
それでも七回目のときに磨くコツを少し掴めたので、次は上手くいく気がする。
だからアントンのためにお守りを作ろうと考えた。
それにもしうまく出来たら――――。
「ふむ。よかったら、私にもひょんの実のお守りを作ってくれないかね? それに、アントンと同じようにクッキーも欲しいねえ。どうだろう、ジュリ、ジュリエッタ? アントンにあげるものをもうひとつ別に用意してくれないかな?」
「いいわ。お祖父ちゃまが欲しいなら、最初にお祖父ちゃまのお守りから作る」
「ほっほっ、それは嬉しいねえ。だが、アントンと同じでいいんだ。一緒のものを作ってくれればそれでいい」
お祖父ちゃまが何かを欲しがるなんてこれまでなかったから嬉しくなる。
アントンと同じ素敵なプレゼントをお祖父ちゃまにも準備しようと意気込んだ。
けれどすぐにアル叔父さまからお祖父ちゃまにだけ狡いという声が上がる。
アントンの分が出来上がったあとでエル伯父さまとベラ伯母さま、アル叔父さまの分も作ることを約束させられてしまった。




