不思議な感性
大変遅くなりました。
「それで頼んでいたものは出来ていて? すぐ着られるように出来るかしら?」
「はい。少し手直しすればいい状態で持って来ております」
ベラ伯母さまの言葉に、マダムは部屋の隅に並べられた大きな箱を指し示した。
壁に控えていた女性スタッフたちが次々と箱を開いていく。
出てきたのは色鮮やかなドレスの数々だ。
「ベラ伯母さま、これは……?」
「ジュリエッタが持っているドレスはどれも大人しい色やデザインばかりでしょう? それに数も少ないと聞いたわ。ジュリエッタはこんなに可愛いんだから、もっとたくさんドレスを着て欲しいってお義父さまや皆が望んだのよ」
だから伯母さまはマダムと相談して、以前の私のサイズで普段着用とよそ行き用のドレスを複数枚作って持ってきてもらったのだという。
見せてもらうと、今すぐに着られるものから冬用のドレスまである。
「ジュリエッタお嬢さまが以前庭を走り回れるドレスが欲しいとおっしゃっていたので、デザインは考えておりました」
ミアンが誇らしげに見せてくれたのは、レモンクリーム色の秋物のドレスだ。
普段着用の膝丈なのでワンピースと言っていいだろう。
真っ白いレースの襟が付き、腰の高い位置で切り替えが入ったフレアワンピースは足捌きが軽快に出来るようにたっぷりの布地が使われている。
サイズ調整が容易なようにか背中に大きなリボンがついているのも可愛らしい。
「素敵! 可愛いわ。色も好き。優しい色ね。ベラ伯母さま、ありがとうございます! ミアンもありがとう」
私の持っているドレスが少ないのも可愛いドレスがないのも、全部マリに盗られたからだ。
可愛いものや素敵なものは全部マリのものになる。
マリが着なくても、可愛いドレスを私が着るのが癪に障るらしい。
そんなことを口にして、マリは何着も私のドレスを奪っていった。
もしかしたらそんなマリの横暴ぶりをポーラから聞いたのかもしれない。
ひと月ほど前、このお屋敷に着いた早々私が泣き出して眠ってしまい、お祖父ちゃまはこれまでの経緯をポーラから聞くしかなかった。
私の許可なしに勝手に事情を話したことを後日ポーラから謝罪されたが、今後も何か聞かれたら誇張せずに事実だけを話してと彼女にはお願いしている。
というのも、ひと月たった今になっても花のお屋敷でのあれこれをお祖父ちゃまや他の皆から聞かれたことは一度もないのだ。
私が抱える傷の深さを慮り、聞くのを控えてくれているのかもしれない。
こんなに温かく受け入れてくれたのだから、私もいつかはきちんと話をしたいと思っているけれど、まだ自分の気持ちさえ整理できていないためもう少し時間がかかりそうだった。
「では、サイズを合わせますのでしばらく時間をちょうだいいたしますね」
お披露目されたドレスはどれも調整出来るようにして持ってこられていたようで、女性スタッフたちが一斉に作業を始める。
ミアンも一緒になって針を動かした。
手持ちのドレスもサイズが直せるところは直してもらう。
職人の仕事ぶりは見事だった。
新しいドレスは明日からさっそく着ようとわくわくした気持ちになる。
「ねえ、ミアン。その……花のお屋敷にもドレス作りには行ったの?」
私とミアンが仲良しであるのを知って、ミアンが仕事をする傍らでおしゃべりをさせてもらっていた。
このお屋敷のこと不思議な表庭のこと、ミアンに話したいことはたくさんある。
ミアンが楽しく聞いてくれるからおしゃべりはずいぶん弾んだが、伯母さまとマダムも話が盛り上がっているのを見て、気になっていたことをそっと訊ねてみた。
私がこうしてお披露目用のドレスを作ったように、マリだってもうパーティー用のドレスを作っただろうと興味があったのだ。
マリはどんなドレスを作ったのか。
ジュリマリのマンガで着たドレスを再現したのか。
何か花のお屋敷の様子を知れるかもしれないと思ったのもあった。
こっそり探るようなことは後ろめたかったがどうしても気になってしまった。
もっとも伯母さまは私の話を聞いていなくても、ポーラと一緒に後ろに控えているサマーには聞かれてしまうのだけれど。
「作らせていただこうとしたんですが……」
私の問いかけに、ミアンは少し困ったように言葉を途切らせる。
「その……私がデザインしたドレスはどうも気に入ってくださらなかったようで、マリエッタお嬢さまご自身がドレスをデザインなさいました」
「へ?」
びっくりして思わずミアンを見つめてしまった。
話を聞くと、マリをイメージしてデザインしたドレスはどれも地味だセンスがないと気に入られなかったそうだ。
マリの希望を聞くと『装飾全部載せ』みたいなことを言われて、ミアンには想像もつかなかったという。
まごつくミアンや工房のマダムに業を煮やして、マリはデザイン帳を取り上げて自分でドレスをデザインしたらしい。
「ずいぶんとその……個性的なドレスで」
ドレスの丈が短かったり、この世界ではありえない配色だったり、たっぷりのフリルスカートの中に巨大なフリルの花を幾つも散りばめていたり。
見せられたミアンはさらに困惑したようだ。
頑としてその奇抜なドレスを着たいと主張するマリをなだめすかして、何とか常識の範囲内にとどめたデザインになったらしい。
どうやらその場にお母さまはいなかったようだ。
そのためこんなにもマリが暴走したのだろう。
フローリオ家側にマリを止められる人間がおらず、ドレス工房としてもとても苦労したことが曖昧に話すミアンの様子から伝わってきた。
「マリエッタお嬢さまはとても不思議な感性をお持ちですね。今回はとても勉強になりました」
ミアンは神妙な顔でそう話を締めくくったけれど。
ジュリマリのマンガでミアンがデザインした誕生日パーティーのドレスは、ジュリエッタのもマリエッタのも可愛くて素敵だったけどなあ……。
原作マンガでも、パーティーのドレスについては丁寧に描写されていた。
というのも、後にマリエッタを黒く染め上げるジュリエッタへの深すぎる憎悪は実はここ――二人のドレスの差異が生んだ小さな嫉妬が始まりだったからだ。
ミアンがデザインした二人のドレスは二人の特徴を見事に表現していた。
天真爛漫なジュリエッタのドレスは華やかでキュートで愛らしい。
大人しいマリエッタのドレスは上品で可愛らしく優しい。
たっぷりのパニエでスカートをふくらませたジュリエッタのドレス。
パニエはない代わりに上等の生地を使った品のあるマリエッタのドレス。
二人のドレスに優劣などなくどちらも素敵なものだった。
事実マリエッタも自分のドレスを渡された当初は可愛いと気に入った。
が、ジュリエッタのふわふわとしたお姫さまのようなドレスを見てしまうと、自分のドレスがとても地味で貧弱なものに感じてしまったのだ。
マリエッタらしい素敵なドレスねとお母さまや家族が褒めるたびに、自分はこんなに華がないのかとどんどん落ち込んでしまう。
迎えた誕生日パーティーではもっとあからさまだった。
パッと目を引く華やかなドレスを着た天真爛漫なジュリエッタが褒めそやされる一方、引っ込み思案でお母さまの後ろに隠れてばかりのマリエッタは優しい色のドレスも相まっていない者扱いされてしまうのだ。
誕生日パーティーでジュリエッタと並び立つ主役のはずのマリエッタ。
しかし招待された人々はジュリエッタばかりを可愛い可愛いと構って、マリエッタの存在を忘れてしまう。
人々の中心で笑うジュリエッタに比べて自分はお母さまの陰でひとりぼっち。
マリエッタの気持ちは大きく波立ってジュリエッタが憎らしくさえなる。
ジュリ姉さまのドレスの方が可愛い。
どうしてジュリ姉さまばかりが輝いているの。
マリエッタの中にはっきりとした違和感が芽生えるシーンだった。
あの頃のマリエッタはちょっと可哀想だったのよね……。
ミアンの華麗なお針子仕事を眺めながら私はそっとため息をつく。
それにしても、ミアンのデザインにダメ出しをするなんてマリももったいないことをする。
思い出すのは王宮であったお茶会に出席したときのこと、マリは前世の豪華な盛り髪風の髪形にしたいとわがままを言ってお母さまを仰天させていた。
マリの中の『嫌なマリエッタ』はなかなかの派手好きのようだ。
そんな彼女にとってこの世界のエレガントなドレスデザインは野暮ったく感じたのかもしれない。
マリは一体どんなドレスを着るんだろう……。
花のお屋敷で行われる誕生日パーティーに私が出席することは出来ないかもしれないけれど、マリがデザインしたというドレスはちょっと見たいような見るのが怖いような複雑な気持ちになった。
年末年始は更新がさらに遅れそうです。
もしかしたら出来ないかも…本当にごめんなさい!




