精霊の露玉
遅くなりました。
「はあ、楽しい。やっぱり女の子っていいわねえ。娘がいたらこんな楽しい時間をいつでも持てたのに」
たくさんのドレスデザインを吟味した伯母さまはうっとりとため息をついた。
「んん、でもいいわ。またジュリエッタとたっぷり楽しめばいいんだし。さあ、では今度はジュリエッタの番ね。ジュリエッタはどんなドレスが欲しいのかしら?」
「ええっ!? いえ、あの……私はいいわ。こんなにたくさんドレスを作ってもらったんですもの。どれも素敵で、私も十分満足しています」
「まあ、ダメよ。とっておきのドレスがまだでしょう? ジュリエッタの八歳の誕生日を祝うパーティー用のドレスは、あなたが着たいと思うものを作らなきゃ」
ベラ伯母さまの言葉にハッと息をのむ。
そんな私に伯母さまは優しげな顔で頷いた。
「八歳のお祝いはとても大事なものよ。今では貴族社会への仲間入りを祝って華やかなパーティーが開かれるのが一般的だけれど、本来は八歳になるまで子供を守り慈しんでくださった精霊さまに感謝を捧げる神聖な儀式なの。親からしてみればここまで無事に育ってくれたという幸せを噛みしめる場でもあるわ。もちろん私もあなたが八歳の誕生日を迎えられてとても嬉しく思っているのよ」
「伯母さま……」
「あなたのお披露目パーティーをどこで行うかはまだわからないけれど、もしうちで行うときにはどんな素敵なパーティーにするか一緒に考えましょうね。でも、パーティーの場所が決まってからドレスを作るのでは遅いわ。今でさえ遅いくらい。せっかくだからとびっきりのものを作りましょう。私も全力で協力するわ」
私の誕生日は十二月の初め。
もう二ヶ月ちょっとしかないが、花のお屋敷からは何の連絡もない。
お母さまの体調が安定したことは聞かされたけれど、だからと呼び戻すような気配はなかった。
今年いっぱいはこの屋敷にいることになるかもしれない。
もしかしたらもう花のお屋敷には戻れない可能性だってある。
お父さまは花のお屋敷に私はいらないってきっと思っていらっしゃる……。
ぎゅっと私は奥歯を噛みしめた。
花のお屋敷で――エリーナの階段事故が起きる前、お父さまからお披露目パーティー用のドレスを作ってもいいなんて話があったのがずいぶん昔のことのよう。
私は薄いラベンダー色のお花のドレスがまた着たかったから、新しく作るのは普段着用のドレスにしてっておねだりしたんだったわ。
けれどあの階段事故のあと屋敷内はバタバタしっぱなし。
私も体調を崩して寝たきりで、パーティーのことなど話題にも上がらなかった。
そうしてこのバークレー家へ療養に来たのだ。
私自身も今まで思い出しもしなかったし今後どうなるかもわからないけれど、八歳の誕生日を祝う本当の意味を教えてもらうと急にその日が待ち遠しくなる。
私の誕生日を祝おうとしてくれるベラ伯母さまの気持ちもとても嬉しかった。
伯母さまの優しさが胸にじんわり染みて涙がにじむ。
「ベラ伯母さま、ありがとう……」
「まあっ、本当にジュリエッタは可愛いわ」
「ぎゅむっ……」
伯母さまにぎゅっと抱きしめられた。
ただ元騎士の伯母さまだからか力が強い。
感情の赴くままに力一杯に抱きしめられると息が止まりそうになった。
「奥さま、奥さまっ。ジュリエッタお嬢さまがっ」
ポーラがすぐに気付いてくれて助かったけれど。
「ごめんなさい、私ったらつい。おほほほっ。さあそれで、ジュリエッタはどんなドレスにするのかしら? ああほら、おとといのお茶会でドレスを作るんだったらってお話してくれたじゃない。お義父さまからもらったという菫の髪飾り? あれをミアンに見せたらどうかしら」
これまでのお茶会で伯母さまにいろいろ聞かれたのはリサーチされていたのか。
自分が言った手前、誤魔化すことも出来ない。
ポーラに言って、お祖父ちゃまからもらった菫の髪飾りを持ってきてもらった。
「あの、この髪飾りに似合うドレスが欲しかったの。でも、伯母さまが選んでくださったドレスにも合うと思うから私は別に――」
「まあ、素敵な髪飾りですこと! あら? あらあら! この品はバーロンのものではないでしょうか」
驚いた声を上げたのは工房のマダムだった。
その言葉にベラ伯母さまが色めき立つ。
「バーロンですって!? バーロンって、王族やごく一部の貴族しか顧客を持たないっていう高級宝飾店でしょう? 王族以外はお店での商談しか行っていなくて、逆にお店を訪れることがステータスになるっていう、あの?」
「そうです。髪飾りに触れてもよろしいですか? ああ、やっぱり。ほら、ここにバーロンの印がございます。何よりこの花飾りの布地は貴重なキトル蜘蛛の糸で作られたものです。独特の張りがございますし光にかざすと七色の光沢が美しいでしょう? こんな素晴らしいキトル蜘蛛の布地を手に入れられる店は王都でも数えるほどしかございませんもの」
「お義父さまったらバーロンの会員資格をお持ちだったのねえ。知らなかったわ」
お祖父ちゃま、そんな高級品を子供に送ったらダメなのに。
もらってすぐにお母さまに預けてよかった。
マリに見せなくて本当によかった。
ベラ伯母さまがため息をつきながら髪飾りを眺める。
「この石も魔石の護符だわ。ほら、護符の光が散っていてきれいでしょう? 魔石の護符を宝石代わりに使うなんてとても贅沢…………魔石、よね? でも魔石にしては透明感がありすぎるような。まさか精霊の露玉じゃないわよね」
「精霊の露玉? 伯母さま、それはなあに?」
「騎士として王宮にいたときに一度だけ見たのだけれど――精霊の祝福の一種で、力のある精霊さまがお気に入りの人間に渡す護符の石のことよ。魔石に手を加えて護符にしたものより、精霊さまの純粋な力が凝ったものだからとても強力な守り石になるの。魔石に比べて透明感があって美しいのも特長で、だから以前見たのだって王妃さまの特別なネックレスだったのよ。精霊の愛し子さまだった今の王さまのお祖母さまのものだったんですって」
その場がひとときだけしんと静まりかえった。
言われて見れば、小さな紫色の石は透き通った輝きを放っている。
露玉って言うと、秋の朝に葉っぱの先端についた丸い水滴だったり蓮の葉っぱにたまる水の玉のようなものでしょう?
朝日にきらきら光る露玉って確かに見とれるほどきれいだ。
この紫色の丸い小さな石は淡い光を放ってもっと神秘的で美しいけれど……。
皆の視線は髪飾りにずっと釘付けだ。
が、すぐに伯母さまがふっと息をつく。
「嫌だわ、皆本気にしないで。あまりに美しい魔石だからそんな風に思っただけよ。まさか精霊の露玉がそんな簡単に手に入るわけないもの。幾ら天下のバーロンでも扱っているわけないわ。そういう石もあるのよって話。それに、魔石の護符だってとても貴重なのよ。ジュリエッタ、いいものをもらったわね」
「はい。大事にします」
どちらにしろとても高価な髪飾りであるのは間違いない。
マリに贈られた髪飾りもやっぱりいいものだったのだろう。
あの髪飾りの価値がわからなかったせいで、マリが粗雑に扱っていたのが今さらながらに不安になった。




