お祖父ちゃまの叔母さま
遅くなりました。
その日の夕食の席は大いに盛り上がった。
ギンブチモミジ蝶を指にとまらせたことにお祖父ちゃまは大興奮し、尖塔の階段室の暖炉で見つけたルーチェの呼子の話に皆は目を輝かせた。
実際にルーチェの呼子を皆に見せたのは夕食後だったけれど。
「ああ、これは――――…」
笛を見たお祖父ちゃまはそう口にしたあと言葉を途切らせた。
そんな様子にやっぱり悲しませてしまったのかと胸が痛くなったが、お祖父ちゃまの顔はすぐに懐かしげな表情へと変わる。
「ジュリエッタ、よくこれを見つけたね」
「アルノルド叔父さまがお祖父ちゃまの叔母さまのものだっておっしゃったの。肖像画にこれと同じものが描いてあって」
「そう、カテリーナ叔母さまの持ちものだねえ。私の父の妹――ジュリエッタにとっては曾祖叔母になるかな。いやあ、驚いた。これが見つかるなんて。父に聞いていた通り、本当に美しいルーチェの呼子だ」
カテリーナさま……。
きれいな名前だと肖像画の美幼女を思い出す。
「カテリーナ叔母さまは、小さい頃に養女に行かれたんだ。今のジュリエッタと同じくらいの頃かな。八歳のお披露目も養子先で行われてね。だからバークレー家の人間として彼女の名が刻まれることはなかったんだよ」
話すお祖父ちゃまの声は穏やかで、不幸なことや悲しい出来事があったわけじゃなさそうでホッとした。
アルノルド叔父さまがお祖父ちゃまに聞くように言ったのもこのせいだろう。
貴族社会では養子に行ったり養女をもらったりということは案外多いという。
優秀な跡継ぎが欲しかったり政略結婚の駒として女の子を欲したりと理由はそれぞれらしく、社交界の噂話に詳しいソフィ伯母さまが「どこそこの子爵家に入った養子は」なんて話すのを聞いたことがある。
だからカテリーナさまの話もそうめずらしいものではないだろうけど、私と同じ年で親元を離れて養女へ行くのはつらかったんじゃないかなと思ってしまった。
あ、でもよく考えれば今の私も似たような立場だわ……。
私は全然、まったく、これっぽっちもつらくないからカテリーナさまもそんなにつらくはなかったかしら?
うーん、私の場合は普通といろいろ違うから同じと考えちゃダメよね。
いろんなことを考えて黙っていたらお祖父ちゃまが話しかけてくる。
「ジュリエッタ、何を考えているんだい?」
「その、小さい頃のカテリーナさまのことを……」
私が言葉を濁すと、お祖父ちゃまは柔らかく口元を緩めた。
「ジュリエッタは優しいねえ。でも大丈夫。他のお屋敷へ養女に行かれたからってカテリーナ叔母さまが不幸だったわけじゃないんだよ。叔母が養女になったのも望まれたからだ。養子先でも大切にされたらしいし、大人になった私がお会いして話したときもずいぶんお幸せそうだったからね」
「そう……そうなのね、良かった。カテリーナさまが行かれたのはきっとこのお屋敷みたいなところだったのね。今の私は養女じゃないけれど、お母さまの元を離れても楽しいことばかりでとても幸せだから」
にこにこ笑って言うと、お祖父ちゃまがはっと目を見張った。
「ジュリエッタ!」
感極まるような声に見ると、隣のアルノルド叔父さまがわなわな震えている。
正面に座るエルマンノ伯父さまたちも変だ。
エルマンノ伯父さまは眉間のシワが恐ろしく深くなっているし、ベラ伯母さまは涙ぐんで口元に手を当てている。
「あの……あの、私変なことを言ったかしら」
皆の反応に私こそ涙目になったが、お祖父ちゃまは笑って頭を振った。
「いいや、少しも変なことじゃないよ。そうか、ジュリエッタは今幸せだと思ってくれているんだね」
「うん。楽しいお庭があって素敵なお屋敷があって、お祖父ちゃまたちもとても優しいから、最近はいつも幸せ~って感じることばかりなの」
「それは嬉しいねえ。ジュリエッタがそう思ってくれるんだから、カテリーナ叔母さまも養子先で幸せだと感じてくれるときが多かったかもしれない」
お祖父ちゃまと話しているうちに皆の様子も普通に戻っていてホッとする。
「でも、どうしてこれが暖炉の中にあったのかしら。上から落ちてきたのよ。だから家つき精霊さまの仕業だって思ったんだけど。お祖父ちゃまはこの笛のことを何かご存知だったみたいだけど……?」
「実はねえ、このルーチェの呼子のことは父からずっと聞かされていたんだ。カテリーナ叔母さまの大事な宝ものが、この屋敷のどこかにあるんだって」
とっておきの話をするようなお祖父ちゃまに私はわくわくして身を乗り出す。
「昔、カテリーナ叔母さまにはこの屋敷でとても仲良くしていた子がいてね。けれど、養女に行くことが決って叔母はその子と大げんかしたんだ。その子は叔母がいなくなることが悲しくて寂しくてのけんかだったんだけど、だからこそ叔母にもどうすることも出来なくてねえ」
「まあ……二人とも悲しかったでしょうね」
「そうだねえ。仲直りも出来なくて、業を煮やしたその子は叔母が持っていたルーチェの呼子を取り上げてこの屋敷のどこかに隠してしまったんだ。この屋敷で暮らしていく上でルーチェの呼子は無くてはならないものだし、叔母もとても大切にしていてね。笛が見つかるまでは叔母は屋敷を出て行かないと思ったんだろう」
けれど蔦のお屋敷を出て行くカテリーナさまにもうルーチェの呼子は必要ない。
何よりカテリーナさまにとっても養女に行くことはどうしようもないことで、結局二人は仲直り出来ずに離れ離れになってしまったそうだ。
カテリーナさまも、大切なものだからこそ仲良しのその子に持っていてもらいたいと、あえて探すことも取り返そうとすることもしなかったらしい。
その時からカテリーナさまのルーチェの呼子は行方不明。
ただカテリーナさまのお兄さま――お祖父ちゃまのお父さまはずっと気にかけてそれとなく探していたらしい。
「あの、あの……カテリーナさまが仲良くしていた子って、もしかして家つき精霊さま?」
「ほっほっほっ、ここだけの秘密だよ」
お祖父ちゃまがパチンとウインクしたのを見て、私は胸が一杯になった。




