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自分に出来ること

 マリの中にいる『嫌なマリエッタ』は、ジュリに成り代わって皆に愛される存在になり、学園で王子や侯爵令息を侍らせるのが最終目的らしい。

 私としては、皆に愛されなくてもいいし、王子たちにも興味はない。

 だから、それをマリに宣言するのはどうだろう? 


 ううん、そうした場合はそれこそマリのいいように振り回されるはず。

 自分に協力しろと、とんでもないことをさせられるかもしれない。


「……あのマリには関わりたくない」


 もう何度目かの強い思いがまたこみ上げてくる。


 うん、マリには関わらない。

 これは絶対だ。

 だから、宣言はなし。


 前世の記憶が戻ったことも出来るなら知られたくない。

 もしばれたら、未来を知っている私が勝手に動いたり軌道修正に走ったりすることがないようにマリの言動はさらにひどくなるかもしれない。


 マリだったら絶対やる。


 ただマリに関わりたくなくても、双子の姉という立場では難しいかもしれない。

 けれど努力はする。

 これまではジュリがマリに好意を持っていたからこそ、何度いじめられても積極的に関わっていたけれど、まずはそれをやめよう。


 あとは――マリの手先になっていた人達を味方に引き入れるのはどうだろう?


 マリの手先になっていたのは、ソフィ伯母さまの義息のアントン・ロッシ。

 あとはうちの使用人姉弟と男爵令嬢の四人だ。

 

 四人とも悪人というわけではなく、苦しい立場や後ろめたい気持ちなどを利用され、命令されて無理やり悪事に手を染めて後戻り出来なくなる。

 彼らもマリに陥れられた犠牲者といってもいい。


 ジュリマリのマンガを読んだおかげで何が起こるかある程度はわかっている。

 だから先回りをしたら、人によっては原因の事件が起こらなかったり悪に落ちる前に助けたりすることが出来るかもしれない。


 私の味方にならなくても、マリの手先にならなければいい。

 自分の好きなように動かせる人間がいなくなれば、マリの悪行も減るだろうし行動範囲も狭まるはずだ。


 何より、これから不幸になるのがわかってて見て見ぬ振りをするのは心苦しい。


 もちろんマンガと同じように今のマリが手先として取り込むかはわからない。

 けれど、さっきのマリのおしゃべりからアントンは狙うみたいだ。

 伯爵家の第二夫人である母親の実家は王都でも有名な豪商で、孫のアントンのために潤沢な支出を惜しまないことをマリは知っている。


 けれど、アントンをどうやって助けたらいいんだろう。

 アントンの性格が歪まないように、ソフィ伯母さまのいじめをなくせたら一番いいけれど、今の私が何を言ってももう彼女は聞き入れてくれないだろう。


 ひとつ救いがあるとすれば、今のジュリは原作のジュリエッタではないこと。

 アントンが好きになったジュリエッタじゃないのだ。

 ジュリを好きにならなければ、マリに利用されることもないかもしれない。


 アントンにはこれまで二回ほど会ったことがある。

 あまり言葉を交わしたことはないが、ふくよかな体に銀縁メガネがトレードマークの男の子。

 一緒に談話室にいてもろくにおしゃべりもせずに本を読むばかりの変わった子で、頭がよさそうだなと七歳のジュリは思っていた。

 

「アントンに関してはまずは様子見かな」 


 今度会ったときにもう一度確認しておこう。


「あと、早めに助けたいのはうちで働いてる使用人の姉と弟かな」


 商家出身の姉弟だが、屋敷内でメイドとして働く姉が盗みをするところをマリに見られ、脅されて姉弟共々取り込まれてしまう。

 確か、ジュリとマリが十歳になった頃の話だ。


 そのお話は雑誌では掲載されていない。

 マリが初めて悪意を露にしたエピソードとして同人誌で発行されたもので、果たしてマリの中の人は読んでいるだろうか。


 同人誌で――実際は、メイドの姉も盗みを働いたわけじゃない。長く患っている父親を治せる薬が無造作に置いてあるのを見つけて、つい手に取っただけだ。

 すぐに元に戻したが、それをマリに見られて問いただされ、ちょっとだけあった邪な考えのせいで後ろめたくなったメイドは正直に謝ってしまう。


『盗みはいけないことだって聞いたわ。前に同じようなことをしたメイドはすぐに屋敷からいなくなったの。あなたもそうなるかしら』


 その頃のマリは誰からも好かれる天真爛漫なジュリに苛立ちが多くなっていた。

 多分私と同じ感受性の強い人間だったのだと思う。

 周囲の反応に自分がジュリより愛されていないのを敏感に悟って、面白くない気持ちやストレスを抱えていた。


 目の前で涙を流して何度も頭を下げるメイドに、初めて気持ちがスッと晴れるようなすがすがしさを覚えたマリ。

 だから最初はちょっとした息抜きのおもちゃとしてメイドを手元に置いたようだ。


『私の言うことを聞いてくれたんだから褒美をあげなきゃね。家族のご病気のせいでお金がないんでしょう? ほら、これをあげるわ。伯母さまからもらった宝石がついたブローチよ。ずいぶんとお高いんですって』


 その内、ストレス発散のために陰からジュリをいじめることを覚えて、それにメイドを使うようになった。

 いらないと固辞するメイドに無理やり押しつけたブローチを始めとした高価な品々を、けれど後にマリは脅す材料にする。


『あなたの姉は、私のブローチや髪飾りをお金に換えていたのよ。とんでもないメイドよね。お父さまに言ったら、捕吏に捕まえられちゃうかしら』


 メイドの弟で、同じく屋敷で働いていた従僕を目の前に跪かせ、マリは困った顔でうそぶく。


『そんなっ、あれはお嬢さまが褒美にくださると――』


『嫌だわ、そうやって自分の罪をなかったことにしようとするなんて。噓つきは泥棒の始まりよ。あら、そうね。あなたはもうとっくに泥棒だから、そうやって嘘をつくんだわ』


 自分の手足となって動くメイドが使い勝手がいいことを実感し、さらに手駒を欲したマリはメイドの弟を取り込むのだ。

 姉の所業を黙っている事を引き換えにして。


 でも、だったら――――。


「――今の私なら助けられるかもしれない」


 使用人姉弟がマリの手先になるきっかけは父親の病気だ。

 この病気が特殊なものだった。


 十日熱と呼ばれる病で、この国では多くの者が幼い頃に一度は罹る――前世の麻疹みたいに――それほど珍しくないものだ。

 けれど大人になって罹患すると重病化しやすい。

 特に国外の人間はある特殊な薬じゃないと治せないことが多く、長患いになるために恐れられていた。


 その薬がデジレ薬。

 原料となるデジレ蝶が乱獲されて数が少なくなり、また生育に謎が多くて飼育が難しく、今では国が管理する温室で育てられているのみ。

 そのため手に入れるのが難しい。


 また一番の弊害がデジレ薬を貴族が珍重することにあった。

 珍重といっても薬としてではない。

 光に作用してキラキラと輝く桜色がとても美しいために、男が女に送る求婚の印や子供のお守りとしてアクセサリーに加工されるのだ。

 そうして貴族たちが象徴として占有するために、デジレ薬を平民が手に入れるのが難しい。


 うちにも幾つかある。

 幼い頃にお守りとして私もネックレスをもらっているが、身に付けるものではないためにジュエリーボックスに入ったままだ。

 時におままごとや人形遊びで活躍するくらい。

 マンガでメイドの姉が手に取ったのもそんな後片付けに際してだろう。


 でもそんな子供のおもちゃにしているくらいなら、命を助けるために使った方がいい。

 メイドの父は長く患い苦しんだあとに、結局は亡くなるのだから。


 今すでに病気かどうかはわからないが、近い将来病に倒れるのは確実だ。

 同人誌のお話の時点で、もう何年も父親が苦しんでいる描写があったのだから。

 

 二人に手を差し伸べたら、きっと父親も助かって、メイド姉弟もマリの手に堕ちなくて済む。


「元気になったら二人を捜してみようかな……」


 やることが決まると少しだけほっとした。

 安心すると瞼が重くなってくる。

 

 あふっと小さくあくびをしたあと、ゆっくり眠りの底へと落ちていった。


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