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使用人姉弟

「ソフィ伯母さまってやっぱり意地悪だったのね。マリにだけ新しいお人形をあげるだなんて、ちょっとひどくないかしら」


 何となく面白くない気分で私は庭を足早に歩いていた。

 お嬢さまにあるまじき大股で、気分的にはドスドスと音を立てて踏み鳴らしたいくらいだ。


 私の熱が引いてしばらくたった頃、ソフィ伯母さまはマリだけを王都の伯爵家のお屋敷に招待した。

 ダメになったお人形を一緒に選びましょう、と。


 いつものように私の部屋に押しかけてきたマリが一方的に話して教えてくれたことだが、どうやら婚約者候補としてアントンとの顔合わせもあるようだ。

 これまでジュリとばかり引き合わせていた埋め合わせだろう。


 マリはアントンなどごめんだと私の前では盛大にぶすくれていたが、今頃はとっておきの笑顔で話しかけているんだろう。


「アントンがマリを好きになったら、それはそれで大変な気がするわ」


 最近癖になった独り言を呟きながら、小川に架かる橋が見えてきたところで、後ろからばたばたと追いかけてくる足音に気付いた。

 振り返ってはっと息をのむ。


「あなたたち――」


「あの、あのっ、ジュリエッタお嬢さま、申し訳ありませんでしたっ」


 勢いよく頭を下げた少年少女の二人組に私は唖然とする。

 謝罪を口にしたのは、密かに捜していた――将来マリの手先になってしまう使用人の姉弟だったのだ。

 


「えっと……どうして謝るの?」


 姉の方は十二、三歳ほど、弟は十歳くらいだろうか。

 二人ともそばかすが可愛い小学生といった見た目だが、この世界の平民は十歳になると働き始めるため、この屋敷でも見習いか下働きで活躍しているはずだ。


「この子が――弟なんですが――この子が見たと言うんです。あの日、庭で起きたことを。本当はマリエッタお嬢さまが人形を抱えて自ら小川に飛び込んだのを。ジュリエッタお嬢さまは全然悪くないことを」


「えっ」


 弟の頭をぐいぐい下げさせて姉が訴えてくる。


「お屋敷が大騒ぎになって、お屋敷中の人達がジュリエッタお嬢さまが悪いって言ってて、それで弟は言い出せなくなって私に相談してきたんです。本当に、本当に申し訳ありませんっ」

 

 見ていた人がいたんだ……。


 言わなければわからないのに、こうして言い出さなければ何もなかったこととして平穏な日々が取り戻せるのに、それが出来ない正直者の二人に胸がきゅうっと切なくなった。

 

「あなたは確か、ポーラといったかしら。そちらの弟さんの名前はなあに?」


 幼い顔立ちに似合わないひっつめ髪のメイド姿の姉は今にも泣きそうだ。

 弟にいたっては顔を真っ赤にしてすでに大粒の涙を流している。


 やっぱり二人を助けなきゃ。


「わ、私の名前を知ってるんですか! 弟はドルーって言いますっ」


「ドルーはあの時お庭にいたの?」


「は、はい。あの日は庭の草むしりをしてました。おれたち下働きはお屋敷の方の前にはまだ出られないので、姿を隠すように言われています。だからあの日もお二人が庭を歩いてきてすぐに隠れました。そしたらマリエッタお嬢さまが人形を抱えて川に飛び込んだのを見たんです」


「まあ」


「本当はすぐにマリエッタお嬢さまを助けようとしたんです。けど、お嬢さまが突然叫び始めたから……。浅い小川なのに立ち上がろうともしないで声を上げるだけだから、一体何が起こっているのかって、おれが本当に助けていいのかわからなくなって」


 その時のドルーの困惑が手に取るようにわかる。

 本当に一部始終を見られてたんだ。


「すぐに旦那さま達が駆けつけてホッとしました。けど、でもっ、マリエッタお嬢さまがまさかあんなことを言い出すなんて、あんな――…っ」


 声が出ないみたいに言葉を止めたドルーは、私を見てぐしゃっと顔を崩した。


「ごめんなさいっ。ちゃんと言おうって思ったけど、旦那さまがすごく怒ってて皆が大騒ぎして、自分が見たのが嘘だったんじゃないかって思ってしまって、でもやっぱり本当のことでっ。おれがっ、おれがちゃんと言ってれば、お嬢さまはあんなに泣かなくてよかったんだ。あんな苦しくなるような泣き声をあげなくてもっ。ごめんな…さぃ……っ」


 最後には感極まったように声を震わせてまた大きな涙を流し始める。


 今の私より年上で背も高いドルー。

 だけど、元々大学生だった私の目に、罪悪感でむせび泣く十歳の男の子の姿はとてもとても幼く見えた。

 

 胸が痛い。


「ドルー、そんなに泣かないで。ポーラも。二人とも正直に話してくれてありがとう。本当のことを知っている人がいるとわかって嬉しいわ。二人の優しい気持ちが嬉しいの」


 私の言葉に、ドルーが泣くのをやめてぽかんとした。

 もらい泣きしていたポーラも目を丸くしている。

 二人の顔は姉弟ながらそっくりだ。


「二人はそのことをもう誰かに話したの?」


「は、はい。家政婦長のデブラさまに。けど信じてもらえなくて。今日からマリエッタお嬢さまがいないと知って、そうしたらジュリエッタお嬢さまが庭に出て来られたから、直接謝るチャンスだって追いかけたんです。ドルーはまだお嬢さまにお目通りする資格はないんですけど、でもどうしても謝りたいというので連れてきました。そのことも申し訳ありませんっ」


 ポーラがもう一度頭を下げた。

 

 逆に二人が騒ぎにしなくてよかったと思う。

 マリのことだから、あることないこと言って二人を屋敷から追い出してしまっていたかもしれない。

 手駒にする以前の問題だ。

 


初めて評価をいただきました。

嬉しい~っ!

本当にありがとうございました。

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