アルノルド叔父さまのお仕事
ひとしきり飛行機ごっこをされたあと、ようやく叔父さまの片腕に着地した。
「さあ、そろそろお腹も空いただろうから帰ろうか。その前に、ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな」
「アルノルド坊ちゃま、お嬢さまを連れての寄り道はご遠慮くださいまし。坊ちゃまのちょっとは長うございますからね」
「本当にちょっとだよ。先日夕立があったし、お天気が三日続いた今日はあれが出てるかもしれないんだ。ジュリエッタにも見せたいだろう?」
「いえ、全然。お嬢さまのお腹の空き具合の方が私は気になりますね」
サマーの言葉に同意するみたいに、タイミングよく私のお腹がくうと鳴る。
恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
私を片腕抱っこしてくれるアルノルド叔父さまも楽しげに笑う。
サマーがほらご覧なさいとばかりにそんな叔父さまを睨みつけた。
お腹が空いたなんてずいぶん久しぶりであることに気付く。
ずっと体調が悪くて食欲なんてほとんどなかったせいだ。
ああ、私元気になっているんだな……。
実感出来て嬉しくなる。
お屋敷の皆の優しさや気遣いのおかげだ。
マリから物理的に離れたのもよかったのだろう。
「本当に少し遠回りして帰るだけだから。何も発見出来なかったら数分もかからない。見回りと確認は僕の大事な仕事じゃないか」
「はいはい、もうわかりましたよ。ここであれこれ言い合いをするより歩いた方が時間の短縮ですね」
「えー、サマーは僕の扱いが軽くない? 僕だって大事なお坊ちゃんなんだよ」
「大事な坊ちゃまだからこそ、これから何をなさってそれにどんなに時間がかかるかわかるんですよ。坊ちゃまのことはおむつをしていた頃からずっとお世話をしておりますからね。何でも存じております」
「サマー、ジュリエッタの前でおむつなんてやめてくれよ。それにいい年して坊ちゃま呼びも嫌だよ。もう二十四歳なんだからさあ」
「そう思われるなら早く奥さまを娶って独り立ちなさってください。もう少し身だしなみをきちんとしさえすればすぐにもご結婚出来るでしょうに」
モジャモジャ頭を見てため息をつくサマーに、叔父さまは肩を竦めた。
「僕の仕事に理解を示してくれる女性がいたらすぐにでもするさ」
「はあ、ご結婚はしばらく無理そうですね」
「ちょっ……それどういう意味!?」
二人の話を聞きながら遠ざかっていく金色鈴のもみの木を名残惜しく見つめた。
そんな私に挨拶するようにひときわ鈴の音が大きくなった気がする。
やっぱりこの木には精霊さまがいらっしゃるのかもしれない。
「ねえ、アルノルド叔父さま。叔父さまって何のお仕事をしているの? 見回りと確認がお仕事って?」
二人の話が一段落したタイミングで、気になったことを聞いてみた。
「ああ、僕はね、この土地の動植物や魔物を調査して研究するのが仕事なんだよ。うちの――バークレー家所属の研究員なんだ」
「研究員! バークレー家の研究員!?」
目を輝かせる私に、叔父さまはくすぐったそうに話し出す。
このお屋敷も含む子爵家領地と王領地の自然保護区域は、太古の時代から人の出入りを厳しく管理して守ってきた一種の聖域でもあるらしい。
領地の奥には古代精霊さまを祀った古い精霊廟もあり、紫菫の木や先ほどの金色鈴のもみの木みたいに精霊さまに繋がるような動植物も多い。
また精霊さまの気配が色濃い神聖な場所というのは魔物も多くなるのだそうだ。
叔父さまは、そんな自然保護区域の環境保護と保全、資源の有効活用といった面から動植物や魔物を調査研究しているのだという。
バークレー家では叔父さまみたいな研究者を多く有していて、領内には大きな研究所もあるらしい。
「研究所では何をしてるの? 資源の有効活用ってツノウサギでもっと美味しいシチューが作れないかみたいな研究?」
「あはははっ、ジュリエッタは本当に可愛いな。でも間違ってはないよ。動植物は貴重で数もそんなに多くないから保護を目的とした研究が主だけど、魔物は湧いて出るほどいるからね。魔物をもっと人のために役立てられないかって研究をしているんだよ」
魔物は体に魔石を有しており、それ以外にも人の生活に有益な部位を持つ。
暖かな毛皮だったり、丈夫で滑らかな皮革だったり、美味しい食肉になったり、有用な薬の材料にも使用されたりする。
言わば宝の山だ。
魔物が生み出す資源は人間には作り得ないものがほとんどで、人の生活に欠かせないものばかり。
魔道具だってそうだ。
シュレーゲル国においてここまで豊富に魔物が取れる場所は他にないらしい。
バークレー家では騎士たちが討伐した魔物から取れるさまざまな部位を領の特産としており、だから魔物の新しい活用法を求め続けているのだという。
「ええ、魔物を売っているの!?」
「そう、手を加えた魔物の製品も加工する前の魔物の現物もね。魔物を欲しがる人たちがうちの領都に押しかけてくるんだ」
領地には人の住める場所が少なく、領民のほとんどが領都に住んでいる。
その領都で魔物の売買が行われているために人の往来も盛んで、とても賑わっているそうだ。
「アルノルド叔父さまも何か新しい商品を作ったりしたの?」
「えっ、僕はそういうのはあまり……」
興味を持って聞くと、叔父さまはあわあわする。
そんな叔父さまにサマーが微苦笑して教えてくれた。
「アルノルド坊ちゃまは商売っ気のある研究開発は苦手なんだそうです。野外研究ばかりなさっておいでですからね」
「そ、そんなことないよ。僕だってちゃんとやってるよ。うちの研究所は僕の叔父が所長をしてるんだ。もう、これが本当の研究バカ。自分の好きな研究以外何にもしないから、たまに僕が補佐に行かないといけないんだよ」
「あのお方もアルノルド坊ちゃまも大して変わりませんよ」
「だから、サマーっ! さっきからひどいって」
子爵家領地と王領地の境――騎士たちがいる官舎の隣に研究所があるらしく、アルノルド叔父さまはそこの所長補佐を務めているそうだ。
お祖父ちゃまの弟、私にとって大叔父さまに当たる方も研究者らしい。
昨日最初に会ったとき、叔父さまが頭に葉っぱを付けていたり服に泥を付けていたりしたのは、調査のために茂みに潜り込んで作業をしていたからだという。
そんなことを聞くと、『研究バカ』だという大叔父さまとアルノルド叔父さまはサマーが言う通りにあまり変わらないレベルなような気がする。
叔父さまの話では、バークレー家には動植物に興味を持つ人間が多くて、研究のために寝食を忘れて没頭する者も少なくないそうだ。
それゆえに貴族らしくないと昔から笑われてきたらしい。
社交より研究。
今日の落伍者や食み出しもの扱いされる由来はそこからも来ているようだ。
私もバークレー家の血筋だからこんなに動植物に惹かれるんだろうか?
前世の影響も大きいと思うけれど。
ちなみに、エルマンノ伯父さまは当主としての仕事の他に、領地騎士団の総長を務めているらしい。
強面の伯父さまに軍服は似合いすぎるかもしれない。
あれ……。
ということはエルマンノ伯父さまの軍服姿だったらいつか見られるかも?




