雷イチゴのサークル
「ちょっと待って。ジュリエッタ、悪いけれど少し待っていてくれるかい」
遠くに大きな茂みが見えてきたところで、何を見つけたのかアルノルド叔父さまの声が興奮したように高くなった。
私をそっと地面に下ろすと一目散に駆けていく。
後ろでサマーがやっぱりとため息をついた。
見えるのは、樹高は高めだがごくごく普通の木イチゴの茂みだ。
何本もの木イチゴが絡まり合ってまるで生け垣のように横いっぱいに広がっており、美味しそうな赤い実をつけている。
これの何がめずらしいんだろう?
「やっぱり寄り道なんてするものじゃありませんね。こうなったら坊ちゃまはてこでも動きません。ジュリエッタお嬢さま、私たちは先に帰りましょう」
「ええ~、私も見たいわ。叔父さまが何を見つけたのか知りたい」
サマーに抱き上げられようとしたので後ずさって逃げた。
「ほんのちょっとだけ。何があるのか見るだけでいいから。お願い!」
「しょうがないですね。少しだけですよ? アルノルド坊ちゃまに付き合っていたら夕方になってしまいますからね」
必死におねだりする私にサマーは苦笑いして歩き出す。
近付いてみると、木イチゴの生け垣はまるで人が手を加えて作ったみたいに大きな円を描いていることに気付いた。
木イチゴのサークルだ。
そんな木イチゴの生け垣の内側にアルノルド叔父さまは入ったようだ。
女性にしては背が高いサマーと同じくらいに木イチゴの樹高は高い。
そのため中にいる叔父さまの姿は茂みの隙間から少し見える程度。
茂みの周りを回ってわずかな隙間を見つけたサマーは私を振り返った。
「足元に気を付けてくださいね」
大きな体をぐいぐいと茂みに押し込んでサマーが中へ入っていく。
わくわくしながら私も後に続いた。
中も当然円状の空間が広がっていた。
前世のテニスコートをひと回り小さくしたくらいだろうか。
下草は生えておらず、剥き出しの土が広がるそこに何か面白いものがあるようには見えない。
「叔父さま?」
歩き出そうとしたときだ。
靴の下に何かあるのに気付いたときにはそれを踏みつけていた。
その瞬間、パチパチっと鋭い音がして足に痛みを感じる。
「きゃっ」
「お嬢さまっ」
「ジュリエッタ! 踏んだのかい!?」
びっくりして尻もちをついた私に、叔父さまとサマーが飛んできた。
あっという間に叔父さまに抱き上げられて顔を覗き込まれる。
「大丈夫かい? 足は痺れていない? どこか痛いところは?」
柔和な美貌を泣きそうに歪める叔父さまに私は慌てて手を振った。
「大丈夫、もう痛くないわ。ちょっとピリッとしてびっくりしただけ。あれは何だったのかしら。何かを踏んだの。そうしたら足がピリッとしたのよ」
抱き上げられた状態で下を覗き込むけれど、乾いた土があるだけで何もない。
辺りをきょろきょろ興味深げに見回す私を見て、叔父さまとサマーはホッとした顔を見せたあとで苦笑した。
「ジュリエッタもバークレー家の血を引いているねえ。いい反応だ」
「本当に。普通の貴族の子女でしたら泣いたり失神したりと大変ですのに。安心していいのか不安に思った方がいいのか」
「安心していいんだよ。嬉しいじゃないか、姉さま以上に好奇心旺盛だなんて。そうとわかったら、これからジュリエッタには色んなものを見せてあげなきゃね」
「やめてください! そんな不安になるような決意をなさるのは」
叔父さまとサマーは本当に仲がいいなあと話が終わるのをじっと待つ。
「叔父さま、さっき私が踏んだのはなあに?」
「ああ、それはあれだよ」
叔父さまが木イチゴの茂みの足元を差す。
「え、どれ?」
「ほら、あれ。あっちに行った」
叔父さまの指がうろうろと動く。
何か生き物だったのか。
先ほどそれを踏み潰したことに震え上がりながら目をこらした。
ようやく動く何かを見つける。
白い動く――――マッシュルームだ。
「えええっ!?」
集団で二十個くらいある、いや、いると言ったほうがいいのか。
前世のマッシュルームに形も大きさもそっくりな白いきのこは土の上を軽快に走っていた。
よく見ると、軸の部分が二股になっていて足のように動かしている。
私たちから距離を取るように遠くへ逃げようとしていた。
「あれは、なあに……?」
「きのこの一種で電気マッシュルームっていうんだ」
「えっと……あの、あれは動物なの?」
「はははっ、きのこだから植物だよ。なんで動物になるんだい」
「でも、でもでも走ってるわ!」
確かにきのこは植物だけど、あんな軽快に走るのは植物じゃないでしょ!?
動揺する私に叔父さまは何でもないことのように肩をすくめた。
「動くきのこはわりと多いんだよ。その中でもあれは足が速い方だね」
きのこの足が速いって何かすごい言葉に思える。
私たちが話す間も、電気マッシュルームは走り続けていた。
足は短いのに確かに叔父さまの言うとおり動くスピードはけっこう速い。
「叔父さまが見たかったのはあの電気マッシュルームなの?」
「そう! あれが素晴らしいのはね、体の中に電気を貯めることができるってことなんだ。しかも雷イチゴのサークル内にしか生えないんだよ。この雷イチゴも今数を減らしている絶滅危惧種でね――」
周りをぐるりと囲む木イチゴは雷イチゴと言うらしい。
空気中から電気を集めて養分とする変わった特性があって、夕立があったりすると翌日には一気に花を咲かせるという。
「雷イチゴはその名の通り雷好きなんだよ。電気マッシュルームはそんな雷イチゴに寄生して養分として電気をもらっている。雷イチゴの実が赤くなる頃にはあれも傘を開いて歩き始めるんだよ」
先ほど私が踏んだのは群れから離れた電気マッシュルームだったようだ。
貯め込む電気は少ないのでケガをすることはないらしいが、静電気を少し強くしたようなピリッとした感覚は衝撃的だし鋭い痛みもある。
もし私がただの七歳の子供だったら驚いて泣いたりパニックになったりしていたかもしれない。
事実、数十年前にはこの電気マッシュルームのせいで大事件が起こったという。
王領地でガーデンパーティーが開かれた際、大量発生した電気マッシュルームが雷イチゴのサークルの外へ逃げ出して森を徘徊し、大騒ぎになったらしい。
踏み潰した子供たちが泣きわめき、紳士淑女たちが逃げ惑い、和やかなパーティーは一瞬にして阿鼻叫喚の場に早変わり。
今でも語り継がれる伝説のガーデンパーティーだそうだ。
電気マッシュルームを踏み潰すと跡形もなく一瞬で消えてしまうのも未だ謎らしく、叔父さまの研究対象のひとつとなっているという。
びっくりするような電気マッシュルームの特性だった。
いや、雷イチゴだってすごい。
この世界の植生が楽しすぎる!
「どうしてきのこが動くの? あの足はどうなっているの? 食べられるのかしら? もしかして美味しかったりする?」
「ジュリエッタはそうこなくちゃ」
アルノルド叔父さまはとても嬉しそうに笑ったあと、質問に答えてくれた。
「きのこが動くのは敵から逃げるためと繁殖のためだねえ。足というより軸が進化して動かせるようになったみたいだよ。傘を触るとあっという間に消えるけど、あの足を上手に摘まむと電気マッシュルームを捕まえることが出来るんだ。ただ食べると口の中で電気が弾けてね、目を回すからあまりお薦めしないな。いやあ、あの時は大変だった。丸一日は飲みもの以外何も口に入れられなかったからね」
叔父さま、食べたのね……。
でも、きのこを見てすぐに食べられるのかなんて思ってしまうのだから私も叔父さまと大して変わらないのかもしれない。
「おもしろいのは、この電気マッシュルームを好物としている鳥がいるんだ。星ツグミと言ってね、これも生態がまだ謎だからとても興味深いんだよ。そういうわけで、悪いんだけど僕はこのままここにとどまることになる。ジュリエッタはサマーに連れて帰ってもらうんだ。いいね?」
「ええ~、私も星ツグミが見たいわ」
「いけません。星ツグミはいつやってくるかわからないんですよ。もしかしたら来ないかもしれない。以前、坊ちゃまが星ツグミを待ち続けたときは三日間ここですごしましたからね。今回も長期戦になるでしょう。さあ、もうお昼をすぎてしまいましたよ。お腹を空かせすぎるのはよくありません。お屋敷に帰りましょう」
「はあい」
渋々返事をしたけれど、明日にでもまたここを訪れてみようと心に誓った。
逃げるきのこはファンタジーの定番ですよね。
書いていて楽しかった…。
次はお屋敷探検です。
お話が動くのはもう少し先になります。




