おてんばなお母さま
遅くなりました。
「魔物ってやっぱり怖い? アルノルド叔父さまも遭遇したことがあるの?」
「あるよ。庭の奥へ行くとツノウサギやツノネズミがよく出るんだ。そのくらいだったらこの屋敷の人間なら誰でも対処出来るからね。シチューにすると美味いから積極的に狩りにいったりもするんだ。でもツノオオカミはダメだね。群れるし体が大きいから、僕や騎士たちが対処しないと危ない」
「ツノウサギ……ウサギだったら可愛いと思うんだけど」
私が言うと、叔父さまは苦笑する。
「だと思うだろう? 姉さんも――ジュリエッタのお母さんも小さい頃にツノウサギと友だちになるんだと言って、弟の僕を無理やり引っ張って庭の奥まで入り込んだことがあるんだ」
「ええっ」
「ツノウサギを見たのはその時が初めてだったんだけど、いやああれは怖かった。姿を現したと思ったらいきなり飛びかかって来たんだ。恐ろしく凶暴なんだよ。友だちになる以前の問題だ。頭に尖ったツノを生やしていて、それに突き刺されたら大けがをしていただろう。見た目も怖くてね、さすがの姉さんも僕を抱えて逃げてくれたよ。幸い、途中で庭師が来てくれて助かったんだけど」
お母さまって案外おてんばだったんだ……。
とっておきの美人でお淑やかで、ちょっと小言は多いけれど優しくて大好きなお母さまにそんな過去があったなんて不思議な気分だ。
「魔物というのはね、人間を見たら襲いかかってくるんだよ。僕たちがウサギやシカを食べるように、魔物は人間を餌として見てるんだ。特に子供や女性など自分より弱いと判断したら必ず襲ってくる。だから私たちは魔物のことを悪い隣人と呼んで警戒するんだよ」
「でも、でも魔物には魔石があるんでしょう? それを使って便利な魔道具が作られているわ」
「ジュリエッタはよく知ってるね。そう、動物と魔物の違いは体の中に魔石を持っているか否かだ。多くの魔物はね、最初から魔物として生まれるんじゃなくて動物が変化して魔物になるんだ。だからツノウサギも生まれたときはただのウサギの赤ちゃんなんだ」
「そうなの!?」
「驚くだろう? ただのウサギがどうしてツノウサギへ変化するのか。体の中で魔石がゆっくり形成されていくのか、それともある日突然魔石が生まれるのか。実はまだよくわかっていないんだ。スライムやドラゴンのような例外もいるしね」
叔父さまはとても博識で他にもいろいろ教えてもらった。
万が一魔物に遭ったときは屋敷の人間や騎士たちを呼ぶなどの対処法や逃げ方、魔物の退治の方法などもだ。
叔父さまの話は面白くて聞き入ってしまう。
同時に、周囲を見るのにも忙しかった。
トム爺が言っていた庭師垂涎の庭とはきっとこの太初の庭のことだろう。
庭の奥へ行けば行くほど今まで見たことがない植物であふれていた。
高い木の枝からぶら下がる大きなくす玉にも豪華なシャンデリアにも見える蘭。
前世のヨーヨー風船そっくりのピンクや青などカラフルな実がなる蔓。
摩訶不思議な植物ばかりで目移りがしたし、水鳥が遊ぶきれいな小川やそこにかかる木橋も素敵で、叔父さまの話を聞くのと周りを見るのにとても忙しかった。
そんな時、遠くから微かな音が聞こえてきた。
まさに鈴の音だ。
「あっ、音が聞こえる……?」
「おや、ジュリエッタは耳がいいねえ。僕はまだだよ。サマーはどう?」
「私もまだ聞こえません。ジュリエッタお嬢さまは精霊さまに愛されているんでしょう。精霊さまがお嬢さまを呼んでいらっしゃるのかもしれませんね」
サマーが嬉しいことを言ってくれる。
音は歩みを進めるごとにどんどんはっきり聞こえてきた。
澄んだ鈴の音は耳に心地いい。
高かったり低かったり弱かったり強かったりとどれひとつ同じ音がない。
連続して鳴ったり時々止まったりするのは、枝が風に揺れるせいだろうか。
「ほら、あれが金色鈴のもみの木だよ」
林を抜けた先――叔父さまの指差す方向に円錐形の大木が立っていた。
明るい黄緑色の針葉樹の枝葉を大きく広げて、尖った天辺は天高く雲を突き破る勢いで真っ直ぐに伸びている。
なだらかな丘には金色鈴のもみの木だけで、後ろに大きな湖が見えるのも相まってとても美しい風景だった。
地面に下ろしてもらってすぐに駆け出す。
息を切らして金色鈴のもみの木まで辿り着くと、上を見上げた。
明るい黄緑色の葉の間に丸い花が咲いている。
髪飾りの花はクリーム色にも見えたのに太陽の下だとどれも金色に輝いていた。
その名の通りに金色の鈴だ。
辺り一面に清涼な香りが漂っているのも気持ちがいい。
リンリンリリン――――。
小指の先ほどの小さな花のせいか、音はどれもか細くて儚い。
それでも大きな木にたくさんの花が咲いているために、鈴の一大オーケストラとなっている。
強い風が吹くとまるで一斉に音楽を奏でているみたいに賑やかになった。
弱い風が吹くとちょっと寂しげになる。
一瞬たりとも同じ音にならないのが不思議だった。
「きれい……」
風で梢が揺れ、葉ずれの音と共にリリリンと花が鳴る。
同時に、耳のすぐ後ろでも優しい鈴の音が鳴った。
「あっ、私の髪飾りの花も鳴ってる」
精霊さまの手鈴なら、今鳴らしているのは精霊さまかもしれない。
そう思うとワクワクして胸も高鳴った。
精霊さまの姿が見えないかと目を凝らすのも楽しい。
「この木は冬になるとまた不思議な実をならせるんだ。雪が降る時期、夕方から夜にかけて小さな実が金色に光るんだ。とても幻想的で素晴らしい光景だよ」
う~っ、ファンタジーすぎる!
もし冬になってもまだこのお屋敷にいたら、絶対見に来ようと決意する。
不思議なことに、木から少し離れるとこの鈴の音は聞こえなくなるらしい。
だからうるさかったり煩わしかったりすることはないそうだが、こんな美しい鈴の音だったら一日中だって聞いていたい。
木の周りをくるくる回ったり太い幹に抱きついて真下から梢を見上げたり、思う存分金色鈴のもみの木を楽しんだ。
が、楽しみすぎたのに気付いたのはずいぶんたってからだった。
「あ……」
お日さまがもう間もなく中天に辿り着こうとするのを見て、長い間この場にいたのにようやく気付いた。
叔父さまもサマーも急かすことなく私がはしゃぐのを見守ってくれていたのだ。
二人の前へしゅんとして進み出る。
「ごめんなさい……」
「何を謝るんだい?」
「だって、叔父さまとサマーをずいぶん待たせたわ。二人とも退屈だったでしょう? 本当にごめんなさい。あんまり楽しかったからつい……」
「何だ、そんなことだったら謝らなくていいよ。楽しそうなジュリエッタを見るだけで僕も楽しかったんだから。ジュリエッタは本当に植物が好きなんだな。ずっと目がキラキラしていたぞ。頬もバラ色で本当に可愛い。まるで花の精霊さまみたいだったよ。うん、そうだよ、ジュリエッタは僕の精霊さまなんだ!」
「ひゃああっ、もう叔父さまっ、ふふ、ふふふっ」
叔父さまは私の脇を抱えて高く持ち上げる。
私を抱き上げたまま最初に会ったときのようにくるくると回った。
背高の叔父さまより高いところで回るのは最初怖かったが、叔父さまはしっかりホールドしてくれてるし、前世でもあまりなかった甘やかしと遊びにすっかり楽しくなった。
「あはははっ」
大きな笑い声が口からこぼれる。
子供みたいに浮かれて騒ぐのは少し恥ずかしかったけれど、心が七歳になっているためかはしゃぐのをやめられなかった。
両手を広げて、鳥になった気分を味わうのがセオリーだろうか。
あれ、飛行機だったかしら?
何にしろとっても楽しい!




