王都の騎士
朝食を終えたあと、思わぬ悩みに直面することになる。
裏庭の素敵な空中庭園を散策するか。
表庭の太初の庭にある金色鈴のもみの木を見に行くのか。
今の私の体力的に両方楽しむことは無理だったので、どちらを選択するのかとても迷った。
悩むに悩んだ結果、今日は金色鈴のもみの木を見に行くことにする。
金色鈴のもみの木が不思議すぎたせいだ。
風に揺らされないと音が鳴らないなんて一体どんな仕組みなのか。
この世界ならではのファンタジー体験はぜひとも味わってみたかった。
金色鈴のもみの木がとても大きい木だと聞いたせいもある。
大木に咲くたくさんの鈴の花が一斉に鳴ったらどんな音がするんだろう。
もし前世の台風みたいなものが来たらどうなるのか。
もしかしたら本当に精霊さまが鳴らしているのかもしれない!
あれこれ想像してワクワクしっぱなしだった。
サマーが案内してくれる予定だったけれど、私の話を聞いたアルノルド叔父さまが一緒に行こうと言ってくれて、サマーも含めて三人で向かうことになった。
ポーラは屋敷のことでたくさん学ばなければいけないことがあるため不参加だ。
勉強会のため、昼間はしばらく別行動が多くなるらしい。
「いいかい、ジュリエッタ。表庭――太初の庭は慣れるまでは絶対ひとりで入ってはダメだよ。とても広いし、川や池など子供には危険な場所もある。毒のある草木も多いから注意も必要だ。しばらくは必ず誰かと一緒に散歩するんだ。ほんの時々魔物だって出るんだからね」
「魔物! お庭に魔物が出るの?」
驚く私にアルノルド叔父さまはこのお屋敷のこと、バークレー家のこと、敷地内のことを説明してくれる。
バークレー家は王都の隣に広い領地を持つ。
そして隣接する王族領の管理を代々任されている家だという。
貴重な動植物にあふれた山や森や湖などを有する子爵家の領地と王領地は、共に国から自然保護区域に指定されているらしい。
人の出入りが制限され、動植物の狩猟や採集は厳しく管理されているそうだ。
そんな自然豊かな場所のために当然魔物も多い
バークレー家の屋敷はそんな自然保護区域のただ中にあるという。
ただ王都に近い屋敷の周辺は安全で心配はほとんどないらしい。
しかし太初の庭は違う。
庭の奥の方の柵は簡易なものでそのまま魔物が多い山野へと続いているらしい。
そのために庭にもほぼ自由に魔物が入り込むのだという。
定期的に騎士が巡回して魔物を退治しているが、討ち漏らしも当然ある。
小さな魔物に関しては数も多いために見逃しているという事情もあるようだ。
だから魔物といっても庭にいるのは比較的害の少ない小さなものが多いらしい。
ただ小さな魔物でも女子供が襲われると大けがをすることもある。
そのため、このお屋敷に慣れたあとでも絶対ひとりでは庭の奥へ行かないようにとアルノルド叔父さまは繰り返した。
「わかったわ。でも、ねえ、叔父さま。このお屋敷には騎士さまがいるの?」
「そう、うちは王国から騎士を抱える許可をもらっているからね」
バークレー家が管理する王領地は王都の最奥――王宮のすぐ裏手から広がる。
魔物が増えすぎると王都周辺で被害も出て来るために、王領地とそれに隣接するバークレー家の領地を騎士たちが巡回警備して魔物を間引いているそうだ。
言ってみれば、魔物から王都を守る辺境貴族みたいな立場らしい。
「バークレー家ってすごいのね。バークレー家そのものが王都を守る騎士さまなんだわ。お祖父ちゃまもエルマンノ伯父さまもアルノルド叔父さまもかっこいい!」
「いやあ、うん、かっこいいか。王都を守る騎士さまか……ふふっ」
照れたようににやけるアルノルド叔父さまに隣を歩くサマーも微笑んでいる。
「叔父さま、騎士さまってどこに行ったら会えるの? 一度見てみたいわ」
そう言うと、アルノルド叔父さまが不思議そうな顔をする。
今、私は小さな子供みたいに叔父さまの片腕に座るように抱き上げられていた。
いわゆる片腕抱っこだ。
そのおかげで叔父さまの表情もよく見える。
金色鈴のもみの木が立つ場所は屋敷から少し距離があるらしい。
病み上がりで体力も戻っていないため、大人しく抱き上げられていくのが金色鈴のもみの木を見に行く条件だった。
「あれ、ジュリエッタは昨日門を通ってきただろう? 門に立っていた衛兵は見なかったのかい?」
そういえば、衛兵がいたわね。
あれは騎士さまだったんだ。
昨日は極度の緊張状態で頭がぼうっとしていたから、目には入っても実際はほとんど見ていなかった。
けれど思い出せば、確かに覚えのある騎士の制服を着ていた気がする。
ジュリマリと言えばキース王子!
キース王子と言えばあの素敵な軍服なのだ!
体を安定させるために叔父さまの肩に回した手で密かにこぶしを握る。
初夏にお茶会のために王宮へ行ったときにも衛兵は見た。
けれど、あの時も蝶の温室へ行くことに一生懸命で衛兵が着ていた軍服にはまったく意識が向かなかったからさらさら覚えていない。
子供特有の視野の狭さか、それとも集中すると周りが見えなくなるのか。
自分が猪突猛進タイプだなんてちょっと嫌だから前者希望だけれど。
でもあの時に「軍服~っ」なんて見とれてたら、衛兵に見つかってお茶会会場へ連れ戻されてしまっていたかもしれないからよかったのかも?
自分で自分に言い訳をしてみる。
でもだからこそ、今度はあの素敵な軍服をちゃんと見たい!
とことん堪能したいっ!
けれど聞くと、多くいる騎士たちは王領地と子爵家領地の境にある官舎で生活しているために蔦のお屋敷で姿を見ることはないとのことだ。
とってもがっかりした。
「えっ、サマーも戦えるの?」
そうしてすごいのはお祖父ちゃまたちはもちろん、メイドや従僕や庭師に至るまで、皆が戦って守れる何らかの武力を身に付けているのだという。
「もちろんでございます」
当然のように頷かれて私はぽかんとサマーを見つめてしまった。
背が高くて体格が良くて体力がありそうなサマーだけれど、五十代くらいの女性が今も現役で魔物と戦えるなんてすごいしかっこいい!
今日も安定のモジャモジャ頭のアルノルド叔父さまにいたっては、学園での剣技の成績は卒業までトップを譲らなかったそうだからさらに驚く。
でもだから庭を歩く今日は腰に剣を佩いているのか。
ただ見た目的には騎士さまというより冒険者なんだけど……。
長くてすらりとした剣を下げているアルノルド叔父さまは、ラフなシャツとズボンにブーツ、腰にはウエストバッグを付けている。
前世のファンタジーに出て来る冒険者そのもので、これはこれでかっこいい。
それにしても一貴族なのに武力を抱える辺境貴族の立場ということは、バークレー子爵家は思った以上に権力があるのかもしれない。
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